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エッセイ・コラム

「規則正しい生活」の「規則」は自分の体質を基準にする

社会が喧伝する「規則正しい生活をしましょう」という同調圧力に苦しめられてきた。

僕の場合は、特に睡眠に関することだった。

以前は「型にはめられた規則」に同調しようとして不調に苦しんだが、自分の体質を基準とした「規則」に素直に応じることで、心身の健康を取り戻せた。

自分の体質

僕は10代のいつ頃からか、同じ時間に起きて、同じ時間に眠ることができなくなった。

眠くなる時間が遅れていくのだ。この遅れ方にはばらつきがあって、常に一定の時間や範囲でずれていくものでもない。短ければ前日とほぼ同じ、長ければ数時間後といった具合。

自然に眠くならないと全く眠ることができなくなった。睡眠時間(=自然に覚醒するまでの時間)は、時々の体調・環境・季節などにより6~10時間くらい。これも一定ではない。

眠くならないと眠れないので、その時の体のリズムによっては一睡もせずに学校や仕事に行くことになった。睡眠不足だと疲れがとれなくて一日中だるく、頭痛や胃腸の不調も辛かった。

社会が押し付ける「規則正しい生活」による模範的な生活習慣も一通り試したが、僕には全く効果が無かった。

睡眠薬を使用すれば意図したタイミングで眠ることはできるが、自然と眠くなるタイミングは変わらなかった。「眠い」と感じない時に薬で無理やり眠ると、起きた後に頭痛が数時間続くのも辛かった。薬は根本的な解決にならなかった。

自分の体質を基準にする

社会が押し付ける「規則正しい生活」による不健康な生活をどのように改善したのか。

それは「自分の体質を基準とした『規則正しい生活』をする」ことだった。

「自然に眠くなったら寝て、自然に目が覚めたら起きる」。これだけでぐっすり眠れて、心身ともに快調になり、健康を取り戻すことができた。

僕の体質においては「睡眠のタイミングと長さが不定」なのが正常で、社会が強制する「睡眠のタイミングと長さが固定」こそが異常だったのだ。

そもそも人の体質はそれぞれ違うものだ。体の設計図、遺伝子が違うのだから、その結果である体質・仕様に違いがあるのは当然だ。それを一つの型に無理やりはめこんで一様に扱おうとすること自体が間違っている。

社会は、こういった体質を「異常」「病気」「障害」とみなして矯正しようする。自分の体質・体調に応じた時間に寝て起きる生活をすると様々な不便や社会的制約を受ける。代償は多い。

それでも、心身の健康の基礎である上質な睡眠、快眠には変えられない。

社会が押し付ける「規則」の基準と目的

社会が押し付ける「規則正しい生活」の「規則」は何が基準になっているのか?そして、何を目的としているのか?

社会(共同体)において生産的な活動を行うためには、集団による共同作業がある程度必要になる。そのため、皆が同じ時間に起きて、食べて、移動して、働いて、眠るようにすれば、生産の効率が良くなる。管理もしやすいので都合がいい。

「人を働かせ、管理するうえでの都合」が、社会が押し付ける「規則」の基準となる。

目的は、社会を上手く回すための最大公約数に基づく「社会の健康」だ。延いては「人を働かせる側」「人を管理する側」にいる支配層の利益だ。

ひとりひとりの「個人」の健康や幸福のためではない。

鵜呑みにしない

社会が押し付ける「規則正しい生活」には、説得力を持たせるためのデータや統計というものが付随することが多い(+権威なんかも)。

情報を集計したデータ、そのデータを元に定量化された統計は、おおよその傾向を把握するための参考にはなるが、常に正しく役立つものとは限らない。

分布や平均の中央に位置していて自分にぴったり合致して適用できる場合もあれば、まったく例外で適用どころか危険な場合すらある。広義のデータや統計は集約されたもので、個別の事例を考慮しないからだ。

データや統計による客観は鵜呑みにしない。

これと同様に、自分の経験や想いに偏った主観も鵜呑みにしない。主観では見えない・気づかない・分からないことは意外と多い。

自分の経験と広範なデータを比較・検討して、無難な落とし所、ちょうどいい塩梅を見つけたい。

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