ジョージ・オーウェルのディストピア小説『1984年』の読書感想・レビュー記事です。
独裁政治によってあらゆる市民生活の隅々まで統制された恐怖の社会が描かれた傑作!ビッグ・ブラザーはあなたを見ている!
基本情報
タイトル | 1984年 (原題:Nineteen Eighty-Four) |
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著者 | ジョージ・オーウェル |
初出 | 1949年 |
ジャンル | SF、ディストピア |
キーワード | 思想、社会、政治、独裁、統制、管理、恐怖、洗脳、監視、検閲、情報操作、歴史改竄 |
作品概要
『1984年』はイギリスの作家ジョージ・オーウェルのSFディストピア長編小説。発表は1949年。
メインジャンルは未来の暗黒社会を描く「ディストピア」。SF要素もあるが控えめ(2022年現在の技術水準で考えると実現可能なものが多く、SFっぽさや未来感はあまり強くない)。
舞台は1984年、かつてのイギリス、ロンドン。1950年代から始まった核戦争の結果、全体主義の一党独裁政治によってあらゆる市民生活の隅々まで統制された社会の恐怖が描かれている。
全体主義、共産主義の恐怖をこれでもかと描くことで批判した政治思想色の強い作品となっている。
あらすじ
1950年代の核戦争を経て、世界は3つの超大国「オセアニア」「ユーラシア」「イースタシア」に分割され、終わりのない戦争を続けていた。
オセアニアは新たなイデオロギー「イギリス社会主義(イングソック)」の元、独裁者「ビッグ・ブラザー」を首領とする一党独裁による支配体制を確立した。
党に不都合な歴史や情報は全て改ざんされ、思想統制のための新たな言語「ニュースピーク」が作られ、生活物資は常に窮乏し、人権・自由・平等は完全に存在しなくなった。
党内局・党外局・プロレタリア、3つの階級に分けられた国民は、公共の場・個人宅を問わずあらゆる場所に設置された「テレスクリーン」と呼ばれる装置で徹底的に監視・盗聴された。
党に対する僅かな反抗の兆しや不都合が露見すれば、それは思想警察による拉致・拷問・死を意味していた。
ブリテン諸島、かつてのイギリスの首都ロンドン。
真理省に務める党外局員ウィンストン・スミスは、情報を改ざんする仕事に従事していた。彼は鬱屈した生活の中で自らの人生と社会のあり方に疑問を感じていた。
ある日、ウィンストンは闇市で手に入れた日記に、それが自殺行為であると分かっていながら、内に秘めた思いを書き始めるのだった…。
ビッグ・ブラザーのイメージモデルはスターリンらしいですが、記事のアイキャッチに使っている画像はヒトラーがモデルになってます(ちょび髭の幅が少し広がっている)。
作品の傾向
おもしろさ (知性、好奇心) | |
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たのしさ (娯楽、直感) | |
コミカル (陽気、軽快) | |
シリアス (陰鬱、厳重) | |
よみやすさ (文体・構成) | |
よみごたえ (文量・濃さ) |
物語に娯楽的な楽しさや希望はありません。恐怖と苦痛と隷従の絶望ディストピアが待っています。
後半は読み進めるのがなかなか辛かったですけど、現実の現代における身近な社会から国際情勢まで、色々と連想して考えることができて面白かったです。
感想・考察
陳腐な目的
語られる独裁政治の目的「権力そのものが目的」は、つまるところありきたりな支配欲で陳腐だった。
支配のための思考や仕組みが高度複雑でも、行動原理は原始的な本能。つくづく嫌なものだ。
大衆と熱狂
作中で描かれる「プロレタリア」と呼ばれる大衆・下層民たちの熱狂が怖かった。
洗脳された大衆の熱狂は、現実世界の現代においても、支配と搾取の手段として政治・経済・宗教・娯楽などで広く積極的に利用されている。
単純(無理解・無思考)、群れる(帰属・無責任)、騒げる(興奮・暴乱)。3つの条件を組み合わせることで容易に操作され、非道に加担する。
高知性×狂気
二重思考のもっとも巧妙な熟練者は二重思考を考案した者たちであり、彼らはそれが精神を欺瞞する巨大な体系であると自覚していることは言うまでもないだろう。われわれの社会においては何が現実に起きつつあるのかをもっともよく理解している者は同時にありのままの現実からもっとも遠い場所にいる人物なのだ。一般的に言って、より理解力が高く、より思い込みが激しい者ほど高い知性をもち、正気を失っているのである
ジョージ・オーウェル著 | 一九八四年 | 第2部 9章 | Haruka Tsubota訳 | 2014年
上記引用は、二つの相反する信念を同時に保持し、その両方を受け入れる能力「二重思考(ダブルシンク、doublethink)」についての説明の一部。
二重思考を高度に実践する者ほど、高い知性と狂気をもつ。高度な屁理屈には高度な知性と高度な狂気が伴う。
党にとって都合の良いことだけ記憶・信奉し、都合の悪いことは全て忘却・改ざんする。二重思考そのものも含めて。正気と狂気を同時に持ち、僅かに狂気が先行した状態を維持し続けるのだ。
大多数の考えない者たちの熱狂も恐ろしいが、少数だが知性と狂気を併せ持った支配層の邪悪も同じくらい恐ろしい。
現代日本のディストピア
2022年現在の日本にも政治イデオロギーに基づく”ディストピア”があたりまえに存在している。
- 学校
無秩序とリンチが横行する治外法権状態 - 選挙
知名と浅慮で選ばれ、不正と無能が蔓延る - 時代遅れの民法
生まれ(血族)を理由に個人の自由・プライバシーを侵害する - 警察の取り調べ
弁護士が同席できず、録画・録音も行われない密室で行われる過酷な尋問 - 痴漢冤罪
男=有罪 - 軽い刑罰
加害者・違反者に有利なやたらと軽い刑罰 - 刑務所
閉鎖的な環境で受刑者に繰り返される虐待・殺害
挙げればきりがない。
必要なのは権力の暴走を防ぐ”仕組み”だ。「やらないようにする」ではなく、「できないようにする」、力の均衡による”仕組み”が必要だ。
社会の大部分を構成するヒトに備わっている善性や品性が、権力の暴走を防ぐのに役立たないことは実際に日々示され続けている。
学校の無秩序を解決するなら、未成年者やその背後にいる保護者を裁く刑法を整備し(保証)、校内に交番・警官・監視カメラを配置し(保障)、犯人を法で裁いて処罰し犯罪の発生を抑止する(秩序)。これらが上手く機能すれば被害者の救済(補償)もスムーズに進む。
警察での取り調べや勾留における密室での拷問(自白を迫る過酷な尋問)を防ぐなら、全ての場合において弁護士の同席と確認、録画録音、利害関係者以外の第三者による監視を行うこと。そして、警察の暴力に対抗できる独立した暴力装置(もう一つの警察組織)を作ることだ。可視化と力の均衡だ。
いずれの問題も対処法は明快で技術的にも可能なのだけど、大抵の場合は「再発防止に務める」「信頼を取り戻す」など気構えや姿勢など”気持ち”でその場しのぎが繰り返され、”仕組み”の導入は進まない。
是正を阻む要因は法改正や予算などさまざまだが、そこにヒトの邪悪で野卑な本性があるのも確かだ。
支配の手引書
本作は”支配の手引書”のようだと思った。
いかにして大衆を抑え込んでコントロールし、反乱分子を炙り出し、支配層の基盤を強固なものにするか。その体制が一度確立すると、覆すのがいかに困難か。
これとは、ある意味対極にあるような『月は無慈悲な夜の女王』を連想した。彼の作品では本作とは逆に支配への抵抗・独立運動について詳しく書かれている。あちらは”革命の指南書”か。
もしも、ウィンストンとジュリアに、デ・ラ・パス教授の知見と、スーパーコンピューター「マイク」の情報処理能力による助けがあったなら…、なんて想像をした。
しかしだめだろう。大衆や一部の有志が絶望の中で一筋の希望を、幻想を見出そうとすることも、イングソックは想定している。ビッグ・ブラザーはあなたの全てを掌握しているのだ。
まとめ
娯楽性皆無のストイックなディストピア作品ですごく面白かったです。読み終わった後はげっそりしてしまいました。
作中で言及されるディストピア要素は、自分の生活の身近なところにも存在してたりで、下手なホラーよりよっぽど怖かったです。
社会主義や共産主義だけでなく、民主主義の中にも潜んでいる権力の危険性についてアレコレ考えさせられました。
無料or安く読む方法
『1984年』は、著作権保護期間が満了したパブリックドメイン作品です。
2022年12月時点では、有志が日本語訳したものが公開されていて、ブラウザ(html)で無料、もしくはAmazon・Apple Books・Google Playの電子書籍で安く(99円~100円)読むこともできます。
お布施代わりにAmazonのKindle版を購入して読んでみました。70年以上前の作品であることと、原語版への忠実度など色々あるでしょうが、基本的な読みやすさ・翻訳の質は良いと思いました。
ブラウザ版
Amazon Kindle版
Google Play版
Apple Books版
原語版
その他の購読方法
新訳版(早川書房)
早川の新訳版は、本の朗読を聴けるAmazonのサービス『Audible(オーディブル)』でオーディオブック化されています。
文庫版(KADOKAWA)
漫画版
漫画化もされています。2022年12月時点では読み放題サービス『Kindle Unlimited』の対象になっていました。
動物農場
ジョージ・オーウェルの寓話形式の風刺小説『動物農場』の記事も投稿しています。
『1984年』の前日譚的な要素を持つ作品です。よろしければ合わせてどうぞ。