アガサ・クリスティの推理短編集『ポワロ登場! 2』の読書感想・レビュー記事です。
エルキュール・ポアロが登場する5つの短編が収録された作品です。
基本情報
タイトル | ポワロ登場! 2 |
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著者 | アガサ・クリスティ |
初出 | 1923年 |
ジャンル | ミステリー、推理 |
キーワード | エルキュール・ポアロ、イギリス、私立探偵 |
5つの短編が収録された2014年のグーテンベルク21版を読みました。
作品概要
『ポワロ登場! 2』は、アガサ・クリスティのエルキュール・ポアロもの5作品を収録した短編集。出版はグーテンベルク21(2014年)。
ジャンルは、ミステリー、推理。
舞台は(おそらく初出当時の)1920年代イギリス。ベルギー人の私立探偵「エルキュール・ポアロ」と様々な事件が描かれる。
収録作品
消えた遺言書
ポアロは、ある女性から奇妙な調査依頼を受ける。
その女性は若くして孤児となり、ただ一人の肉親である伯父に引き取られ育てられた。伯父はお金持ちで、頭が良く、彼女に親切だったが、古風な考えを持っており、成長した彼女が学問の道を歩むことに反対した。
反対を押し切って独力で学問の道へと進んだ彼女だったが、伯父とは考え方の違いはあれど良好な関係を保っていた。そして、1ヶ月前にその伯父が亡くなった。
伯父が残した遺言書は風変わりで以下のように記されていた「私の死後1年以内に、姪が私よりも賢いことを証明したならば、私の遺産の全ては姪のものとなる。そうでない場合は、遺産の全てを慈善事業に寄付する」。これは伯父からの挑戦状だった。
伯父の住んでいた屋敷に「賢さ」を証明するためのに何かがあるようだと考えた彼女は、ポアロの助力を求めたのだった……
原題:The Case of the Missing Will
戦勝舞踏会事件
ある時、ポアロの部屋をジャップ警部が訪れる。世間を騒がせている戦勝記念の仮装舞踏会で起きた事件の捜査に協力してほしいと言うのだ。
この事件では、一夜のうちに好青年のクローンショー卿と、彼の恋人の女優が亡くなった。
クローンショー卿は刺殺されていたのだが、検死による死亡推定時刻と目撃証言が一致せず有力な容疑者を見いだせない。
恋人の女優は、クローンショー卿と喧嘩して舞踏会を途中で抜け出して帰宅、翌日にベッド死んでいるのが見つかった。薬物の過剰摂取によるものらしい。
ジャップ警部の依頼を受けて、ポアロが調査に乗り出すのだった……
原題:The Affair at the Victory Ball
マーキット・ベイジングの謎
都会の喧騒を離れて、のどかな田舎村で休暇をすごすポアロ、ヘイスティングズ、ジャップの3人。
ゆったりとした休暇を楽しむ3人だったが、事件が舞い込む。ジャップ警部のことを知っている村の巡査が助けを求めてきたのだ。
村に家政婦と2人で住んでいる変わり者の男が自宅で自殺したようなのだが、どうも状況がおかしく、他殺の疑いがあるという。
しかも、その男の家には来客があって事件当時も家に滞在していたという。
家政婦と怪しい来客、何が起きたのか、誰が犯人なのか……
原題:The Market Basing Mystery
呪われた相続
ある日、ポアロの元にリムジュリア夫人が相談に訪れる。
その相談というのは、彼女の二人いる息子の長男の方にばかり降りかかる危険についてだった。
彼女の長男は半年の間に危うく三度も死にかけていた。一度は海水浴で溺れかけ、二度目は二階の子供部屋から転落、三度目は食中毒であったという。
リムジュリア家には「長男は家督を継ぐ前に非業の死を遂げる」という伝承が残っており、彼女の夫であるリムジュリア氏はこの伝承に取り憑かれて長男のことをまともに取り合ってくれないそうだ。
夫人の心配の種は偶然の域を出ないものにも思われたが、話を深く聴いていく中で現実の危険が迫っていることに、ポアロは気付くのだった……
原題:The Lemesurier Inheritance
潜水艦の設計図
ある夜、ポアロは特別郵便を受け取り、急遽、国防省の大臣アロウェー卿の屋敷へと向かう。
アロウェー卿の屋敷に着いたポアロとヘイスティングズは、つい数時間前に新型潜水艦の設計図が書斎から盗まれたことを知らされる。
ほんの3分程度、書斎に人がいなくなった隙に盗み出されたのだという。屋敷には、アロウェー卿の他に、家族やゲストも滞在していた。
事が公になる前に、犯人を見つけ、設計図を奪還しなければ、国を揺るがすスキャンダルになりかねない。ポアロはすぐさま調査を開始するのだった……
原題:The Submarine Plans
傾向・雰囲気
おもしろさ (知性、好奇心) | |
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たのしさ (娯楽、直感) | |
コミカル (陽気、軽快) | |
シリアス (陰鬱、厳重) | |
よみやすさ (文体、構成) | |
よみごたえ (長さ、濃さ) |
短いながらちゃんと推理小説していて、犯人当てやトリックの謎解きを楽しみながら読むことができる。『戦勝舞踏会事件』では、解決パートの直前にクリスティからの挑戦状が!
全体の雰囲気は、推理小説としては陽気な方だと思われる。殺人事件が描かれたりもするのだけど、重苦しい描写は特にない。
翻訳や校正の方の問題なのだけど、誤植の多さが気になった。結構あからさまな誤字、脱字、衍字が気付いただけでも6箇所にあった。
小気味よく読みやすい古典ミステリーって感じです。
自分で読んだ限りでは、グーテンベルク21が出版してる電子書籍は誤植が比較的多い印象です。
感想・考察
灰色の脳細胞の受難
灰色の脳細胞には苦労も多そうだった。
ポアロは高慢だとか気取っているという評価を受けることもあるが、その真意は謎だ。
作中の語り手はヘイスティングズで、その解釈もヘイスティングズによるものだ。ヘイスティングズはポアロのパートナーであると同時に、凡庸を記号化したキャラクターでもある。
ヘイスティングズによる誤解や偏見、ポアロとの知能の差を示す、以下のようなわかりやすいシーンも描かれている。
「へえ!」僕は頓狂な声を出した。「いよいよもって錯綜してきたね」
「反対だよ」ポワロは平然と答えた。「いよいよもって単純になってきたんだ」
「ポワロ」僕は声を出した。「僕はいまに君を殺してやるぜ!なんでもかんでも、すっかり割りきってしまう君の癖は、無性に僕の勘にさわるね」
「しかし私が説明するとだね、君、かならず、しごく単純なことになるんじゃないのかね?」
「そうだとも。だから、しゃくにさわるんだ!君の説明をきくだんとなると、自分でもそれがわかったはずだ、という気がするんだもの」
「きみだってできるはずなんだよ、ヘイスティングズ、君にだって。自分の考えをまとめる労をとりさえすればいいんだ!方法をもってしなければ――」
「ああ、そうだろうとも」
出典:アガサ・クリスティ 著 | 小西宏 訳 | 2014年 | ポワロ登場! 2 | 戦勝舞踏会事件 | グーテンベルク21
上記引用は、『戦勝舞踏会事件』で捜査パートが終わり解決パートに入る直前のポアロとヘイスティングズのやり取り。ヘイスティングズの怒りがストレートに描かれている。
ポアロとヘイスティングズは、行動を共にし、同じ情報を得ている。ポアロには理解るのに、ヘイスティングズには理解らない。ポアロの忖度しない率直な物言いは、ヘイスティングズに劣等感を与え怒りを呼び起こす。
灰色の脳細胞は、合理的に情報を精査して理路整然と結論を導き出す。凡庸な脳細胞は、解説されなければ知り得なかったのに「自分にも理解ったはずだ」などと虚栄を抱き、自覚している劣等感「下から目線」を不当な「上から目線」だと責任転嫁して逆上する。
デヴィッド・スーシェがポアロを演じるTVドラマ版『名探偵ポワロ』では、シリーズ後半になると雰囲気がコミカルからシリアス寄りになっていく。
あれは観点を、ヘイスティングズその他による客観から、ポアロの主観へと移すという演出でもあったのかな、と想像したりした。
やっぱりドラマ版をベースに考えちゃうなあ。あちらの方が二次創作なんだけど😅
二段構え
『呪われた相続』の二段構えの落ちが面白かった。
ヒューゴー・リムジュリアは、長男が自分の子でない可能性に気付いていたかもしれない。
ポアロは、夫人の不貞と、それがヒューゴーの狂気の原因になっている可能性に予め気付いていたかもしれない。
解釈の余地がたっぷりとあるミステリーは、想像が捗って楽しい!
夫人が実は、伝承に登場する中世のリムジュリア夫人の親類だったりしたら…、なんてオカルト&ホラーな想像までしてしまった。リムジュリアの血統から家督を奪い、呪いは成就された!
誤植
気付いた誤植らしきもの。
自分は誤植をあまり気にしない方だと思うけど、短めの短編一つの中に4箇所もあるとさすがに気になる。誤字・脱字・衍字は脳内補正する必要があるので、高頻度だと気が削がれて読書体験を損ねる。うざったい!
戦勝舞踏会事件
ポアロとヘイスティングズの会話「なんでもかんでも、すっかり割りきってしまう君の癖は、無性に僕の勘にさわるね」。「癇にさわる」の間違い?
マーキットベイジングの謎
ヘイスティングズが死体を調べる場面「それをもとにもどして、僕は頭をふった。さっぱりわ.けがわからなかった」。余分な「.」が含まれている。
ジャップ警部が尋問する場面「つぎに、パーカー夫妻にぺつべつに会った。」。「べつべつ」の間違い?
ポアロの発言「Au contraire(それどころか)、ものすごく興味があるよ。しかし、どうもわけがわらん」。「わけがわからん」の間違い?
謎解きパートでのポアロの発言「そこで、ピストルを死者の右手に移しかえて窓をしめ、ボルトをかった」。「ボルトをかけた」の間違い?
呪われた相続
ロジャー・リムジュリアの発言「その頃、リムジュリァ家の当主が、自分の妻の貞操に疑いを抱いたのですね。」。「リムジュリア家」の間違い?
まとめ
『ポワロ登場! 2』、楽しめました!
前作を読んだときと同様にテレビドラマ版のことをガッツリ思い出してしまいましたが、ポアロの心理を考察、もとい想像できて面白かったです。
1話完結でサクッと読める古典推理小説!そんな気分のときにいいかもしれません。
2024年1月確認時、AmazonのKindle Unlimitedの読み放題対象になっていました。
シリーズ前作『ポワロ登場! 1』のレビュー記事も投稿しています。