
森博嗣のエッセイ『アンチ整理術』の読書感想・紹介・レビュー記事です。
「整理・整頓」という切り口から人気作家の仕事術を記した実用書ではなく、仕事・生活・人生を自由にするためのヒントが語られたエッセイです。森先生ぽい理路整然とした思考が効く!

脳みその栄養補給用に読んでいる森先生のエッセイ。
今作は個人的にあまり「おお~!」っていう驚きや目から鱗なインパクトは強くありませんでしたが、安定のしっぽりとした面白さがありました。
作品情報
タイトル | アンチ整理術 |
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著者 | 森博嗣 |
出版社 | 日本実業出版社 |
初出 | 2019年 |
ページ数 | 254(単行本) |
価格 | 1,386円(Kindle版) |
キーワード | エッセイ、哲学、自己啓発 |
作品概要
『アンチ整理術』というタイトルだが、整理・整頓やその方法である整理術を否定・批判するものではない。
整理・整頓を効率よく行いたいと思うに至る本質を捉えることで、必要なのは「整理術」と呼ばれる「方法を覚える」ではなく「自分で考える」ことだと考察されている。故に結果として『アンチ整理術』。
整理・整頓という切り口から「作業(仕事)」「人間関係(社会・家族)」「自分自身(人生哲学)」などの考えを抽象的概念にまとめている。研究者で息子で夫で父でもある著者の経験も含んだ「理(ことわり)」に素直な思考が特徴。
抽象的な考えは応用することで幅広い物事に使える反面、応用のための思考が必要となる。「こうすれば上手くいく」といった思考停止でも利用できる方法を謳う類の実用書とは別物なので注意。
見出し
- まえがき
- 第1章 整理・整頓は何故必要か
- 第2章 環境が作業性に与える影響
- 第3章 思考に必要な整理
- 第4章 人間関係に必要な整理
- 第5章 自分自身の整理・整頓を
- 第6章 本書の編集者との問答
- 第7章 創作における整理術
- 第8章 整理が必要な環境とは
- あとがき
効率が高まる、良い仕事ができる等、ときに余計な効果が期待されがちな「整理・整頓」について執筆依頼を受ける森先生。
すると、「整理・整頓には余計な効果はない。そもそも整理・整頓していないし、整理術なんて方法も持ってない。でも、どうしてそうなのか考えてみましょうか」という天の邪鬼を発揮。そこから思考が展開していく。

まえがきの書き出しが「森博嗣は天の邪鬼である」で笑いました🤣
方向性
おもしろさ (知性・好奇心) | |
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たのしさ (直感・娯楽) | |
ふんいき (←暗い/明るい→) | |
よみやすさ (文体・構成) | |
よみごたえ (文量・濃さ) |

森先生のエッセイには、心に刺さって「グサッ」と痛いタイプの指摘がちょくちょくあります。しかし、今作の「グサッ」はわりかしマイルドでした。
感想

仲間以外は敵
社会で生きていくためには、人間関係を良好に保つことが要求される。
出典:森博嗣 | アンチ整理術 | 第4章 113p | 日本実業出版社
空気を読み、仲間の中に入り、溶け込んだように振る舞わなければならない。これは、そうしないと他者から敵視されるからだ。仲間ではないものは敵だ、という本能的な感覚を、ほとんどの人が持っているためである。
引用部分は、社会における人間関係の整理について述べられた項。
インターネットの普及による「集中系→分散系」、個人の自由が確保されやすい「原始社会→都市社会」への移行。時代・環境・技術の変化に伴い「仲間以外は敵」が「空気を読む」という同調圧力に変化したのではないかという考察など、人間関係の移り変わりについても触れられていて面白い。
他人を「敵」か「味方」に分類したがるサピエンス本能。作り笑いに承認・賞賛・祝福、自らに友好的な関心を示さない者を攻撃する思考停止の原始本能自動制御な輩…、あるあるいるいる過ぎて困る!
本能的に感じるのは仕方ないかもしれない。だが、本能的に感じるままに無分別なことをやっていいわけではない。陳腐化した本能を理想の現実に即した健全なものに補正することこそが、生来の畜生的「人」をそれ以上の存在「人間」にする「人間性」だ。
と言っても、余裕を持って物事を考えることができるゆとりや立場、先天的な知能、基礎的な教養には人それぞれ差がある。錆びつき旧式化した本能に由来する問題は今後も避けられそうにない。
方法ではない
Y「必要なものを見極め、身につける方法には、どんなものがありますか?」
出典:森博嗣 | アンチ整理術 | 第6章 170p | 日本実業出版社
森「ね、やはり、方法に拘りますよね。方法ではない、ということがまず第一だと思いますよ。方法なんてそのうちできてくるものです。とにかく、結果を出す、必死になって前進します。すると、振り返ったときに道ができている。それが『方法』というものです。方法というのは、同じことをもう一度するときには役立ちますが、最初にするときには、方法はありません。」
引用は、著者と編集者Y氏の問答。「仕事で成果を出すには何が必要か」という問いに対して「考えることです。頭というのは考える以外に使い道がありません」という流れの後の展開。
方法とか手法というのは、同じことを繰り返す際には役立つかもしれない。でも、21世紀の現代に求められる仕事は「考えること」。同じことを正確に繰り返すのは機械の方が得意だし信用できる。だから、考えることが大事だよ、方法じゃないよ、って話。
これはちょっと自分に刺さる。「考える」という脳への負荷が大きい行為を避けたいがために、方法を確立することに意識が偏ってしまうことがある。新しい方法は一時は有効だけど、消費期限が短い。じきに模倣・改良されて価値を失う。
まとめ
森博嗣のエッセイは、自分の中にあるモヤッとした考えを筋道立てて理解するヒントになりやすいので好きです。理路整然とした言語化が気持ちいい!
今作もその共通する面白さが充分あって脳への栄養価は高いものでした。ただ、他の森エッセイで読んだことがあるような類似点もわりとあるような気がしました。新鮮な驚きは少なめだけど、しみじみ面白いみたいな感じです(初めて森エッセイを読むならその限りではないでしょうが)。
具体的な事例に限定せず抽象的に、無駄を削ぎ落として本質を端的に捉えているので、仕事・人間関係・人生など色々な事柄にゆる~く役立てることができるかもしれません。