原田マハの長編小説『楽園のカンヴァス』の読書感想・紹介・レビュー記事です。
アンリ・ルソーの名作『夢』と酷似した絵の権利と謎を巡って、二人の研究者が真相を究明しようとするアートミステリー作品!
作品情報
タイトル | 楽園のカンヴァス |
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仏タイトル | La toile du paradis |
著者 | 原田マハ |
出版社 | 新潮社 |
初出 | 2012年 |
ページ数 | 440(文庫版) |
価格 | 663円(Kindle版) |
キーワード | 小説、ミステリー、美術、芸術、歴史 |
作品概要
アンリ・ルソーの名画『夢』と酷似した絵の真贋判定と、その手掛かりとなる謎の古書をめぐるアートミステリーな長編小説。
本格推理小説のような謎解き推理を主体としたミステリーではなく、広義の”謎・不思議”寄りのミステリー作品となっている。
19世紀末から20世紀初頭の実在の画家「アンリ・ルソー」とその作品に焦点が当てられているが、特に近代美術やアート全般に興味や知識がなくても楽しめると思われる(興味ある方がより楽しいでしょうが)。
上記掲載の画像はアンリ・ルソーの『熱帯嵐のなかのトラ』です。
『夢』はヌードが含まれているため、サイト運営上の都合で大きめ画像の直接掲載は見送り!Wikipediaの記事などから御覧ください。
あらすじ
始まりの舞台は2000年、日本。
岡山県倉敷の美術館『大原美術館』に監視員として務める「早川織江」は、かつてフランス・ソルボンヌ大学で美術史を専攻する優秀な研究者だった。
そんな彼女だが、現在は研究から遠ざかり、美術館の作品を守る監視員として絵と接する日々を送っていた。
ところがある日、大原美術館の上役からニューヨーク近代美術館(MoMA)への出張を打診される。一介の監視員に収まっている織江を指名したのは、MoMAのチーフキュレーター「ティム・ブラウン」。
その名は、胸の奥に閉まっていた17年前の出来事を織江に思い出させるのだった。
1983年、スイス、バーゼル。
MoMAのアシスタントキュレーター「ティム・ブラウン」は、伝説のコレクター「コンラート・バイラー」の代理人から、アンリ・ルソーの作品とおぼしき絵の真贋判定依頼を受け、スイスへと飛ぶ。
コンラート・バイラーの警戒厳重な屋敷で、ティムはもう一人の真贋判定者「早川織江」と出会う。そして二人の前に姿を表した『夢をみた』と呼ばれる絵は、あの名画『夢』と酷似していた。
バイラーが二人に提示した条件は、判定者二人が『夢をみた』と関わりのある古書に記された物語を読み、講評対決で勝った者に作品の全面的な権利を譲り渡すというものだった。
古書の物語の舞台は1906年、フランス、パリ。
ノートルダム大聖堂の広場で、日曜日のミサを終えた人々にボンボン菓子を売る初老の男がいた。
男はつぎはぎだらけの服に、緑や黒の絵の具がこびりついた手をしている。お菓子を買った少女が無邪気にその汚さを口にすると、少女の母親が無礼を詫びる。
すると、男は笑って言う「いえ、いいんですよ」。そして、懐からおもむろに名刺を取り出して「わたくし本業は画家でして、絵画教室もやっております。よろしかったら、お嬢さんとご一緒にいかがですか?」。
<アンリ・ルソー アンデパンダン協会画家>
「2000年の日本・倉敷」→「1983年のスイス・バーゼル」→「1906年のフランス・パリ」と3つの舞台で構成されています。
もしも、『夢』と酷似した『夢をみた』が未発見のルソー作品だとしたら大発見!ものすごい芸術的価値と経済的価値があるわけです。
ルソー研究の第一人者であるティムと織江はライバル関係になりますが、同好の士でもあります。
方向性
おもしろさ (知性・好奇心) | |
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たのしさ (直感・娯楽) | |
ふんいき (←暗い/明るい→) | |
よみやすさ (文体・構成) | |
よみごたえ (文量・濃さ) |
感想・考察
if想像の楽しさ
肝となっているヤドヴィガが書いたとされる『夢をみた』の物語と、それに関連するルソーやピカソや美術史関連の薀蓄は面白く楽しかった。
歴史というのは、後世に残された情報の真正・精度・都合に影響を受けて、「おそらくこういうことだろう」という想像(イメージ)が多分を占めるかたちで解釈される。だから、正確さを求めても仕方がないわけで、たぶん歴史を楽しむコツは「もしも○○○だったら」というifを想像することにあると思う。
その点で、フィクションとして創作された『夢をみた(物語の方)』は、『夢(史実の作品の方)』を元ネタとして著者の豊富な知識と文才でアンリ・ルソーのifストーリーが練られていて面白かった。
ストーリーのバランス
物語『夢をみた』とそれに纏わる美術史「ロマン」の出来の良さに比べて、「ミステリー」と「ティムと織江のドラマ」の要素は中途半端でつまらない。本格的に物語が動き出す四章まで読み進めるのが辛かった。
時代・語り手が、前後・転換する構成の話は、その変化によって「原因と結果」・「齟齬や異論」が意外性や奥深さをもって示されることが面白さのポイントだと思う。
本作の過去を内包する入れ子構造の構成は、上手く機能していないと思う。浪漫と見識に富んだ美術史関連の要素を、半端なミステリー・ドラマ・ロマンス・サスペンスでコーティングしたようなバランスの悪さが残念。
ミステリー要素
「ミステリー要素(謎・不思議)」には特段の面白みがなかった。
実在の人物や作品をネタにしたフィクションだと、事実が大きな壁になって結末が限定されがちなのでこれは仕方ないとも思う。
ティムと織江
ティムと織江、二人の主人公は魅力に欠けるキャラクターだった(真の主人公はルソーとヤドヴィガかもしれないが)。
一応どちらも天才・秀才という設定なのだけど、台詞や三人称の語りで説明されるだけで、作中で表現される行動でその優秀さは示されない。
ティムは、気に入らないことがあると「相手を殴ってやろうか」などと暴力的なことを考える。ある事柄におけるキャラクターの熱情を表現するために、安易に暴力性を持ち出すのは下品だし、何よりも知的さに欠ける。
織江の方もやけに感情的で言動の論理性に欠ける。トリックのためかもしれないが、歴史資料の古書に涙を落とすなんてプロフェッショナルにあるまじきことを繰り返したりする。
ドラマとロマンス
ロマンに生きる織江の生き方や、ティムと織江の間に生じるドラマ(ラブロマンス)はあまりに陳腐でキツかった。
行動原理は、ルソー大好きで、絵画を触媒として自己陶酔に浸るという点で一貫している。ロマンチストと言えばそれまでだが、その犠牲で不幸な境遇におかれた真絵が不憫だ。
これからの人生を「娘に捧げる」というのが本当だったら、無知や偏見が蔓延る日本の田舎で子育てするのではなく、先進的でよりよい環境を与えられる国や職を選択したはずだ。
美術関連以外の各要素はなぜだか安っぽい印象でした。
深遠なるアートの世界に特化させると世間一般には難解だったり受けが悪くなるため、敢えてステレオタイプでチープなオブラートでアートを包んだ感じにしたんでしょうか🤔
まとめ
いつだったか山田五郎のYoutubeチャンネルで紹介されていたので読んでみましたが、おもしろい部分とつまらない部分の明暗がはっきりしている作品でした。
ミステリー要素はカタルシスに欠け、人間ドラマやロマンスも微妙でしたが、作中作の物語は美術史や実在の画家との関連もあってとても面白かったです。
アンリ・ルソーという”キャラクター”に興味があったり、美術史に関心がある人は読んでみるのも良いかと思います。