
アイザック・アシモフのSF推理小説『鋼鉄都市』の読書感想・レビュー記事です。
数千年後の未来世界。数千万人がひしめき合う巨大なドーム型都市で起きた殺人事件。様々な軋轢の中、ニューヨーク市警の刑事と宇宙国家のロボット刑事がコンビを組んで、事件の解決を目指します。
基本情報
タイトル | 鋼鉄都市 (原題:The Caves of Steel) |
---|---|
著者 | アイザック・アシモフ |
初出 | 1954年 |
ジャンル | SF、推理 |
キーワード | 遠未来、人型ロボット、人工知能、電子頭脳、ロボット三原則、刑事ドラマ |
作品概要
『鋼鉄都市』は、アイザック・アシモフの長編SF推理小説。初出は1954年。
ジャンルはSF&推理。サスペンス、刑事ドラマ、既成概念や慣習に対する風刺も含まれる。
物語の舞台は20世紀(?)から数千年後の遠未来ニューヨーク。数千万人がひしめき合う巨大なドーム都市で起きた殺人事件を、ニューヨーク市警の刑事と宇宙国家のロボット刑事がコンビを組んで捜査する。
あらすじ
科学文明の勃興から数千年後の世界。
宇宙に進出し植民した人類(宇宙人、スペーサー)は、労働力としてロボットを活用することで豊かな宇宙国家連合を建設、世界の覇権を握った。
宇宙人たちは高度な技術によって長寿を獲得。しかし、個の豊かさを重視するあまり、厳しい産児制限が敷かれ人口が減少、種の停滞に直面してもいた。
一方、地球に残った人類(地球人)は、経済能率を求めて極端な都市化を推進。それは、自然環境を隔絶して数千万人規模の人口を擁する巨大なドーム型都市へと発展した。
人口増加によって数千万人がひしめき合うようになった都市内では食料や生活物資が不足し、統制は厳格化の一途を辿っていた。
管理が徹底された都市環境に順応した地球人たちは、慣習に固執し、排他性を強めた。宇宙人やロボットに対しての異常な敵意は、暴動というかたちで社会を揺るがしていた。
ニューヨーク市警の刑事「イライジャ・ベイリ」は、市警本部長に呼び出されて極秘捜査の命を受ける。
ニューヨーク市警の管轄内にある宇宙国家連合の駐在拠点「スペース・タウン」で宇宙人の要人が殺害されたというのだ。事件の処理を誤れば、宇宙国家連合との関係悪化は避けられない。
ベイリは、スペース・タウンから派遣されたロボット刑事「R・ダニール・オリヴォー」と組んで、事件の捜査を開始するのだった……


刑事ベイリは自身もロボットを嫌悪しながら、反ロボット感情が渦巻く都市社会の中を、見た目はヒトそっくりなロボット刑事ダニールと共に捜査します。
地球は因習に蝕まれた人口過密の魔窟状態。作中において過多とされる地球人口は80億人。1950年のリアル世界人口は約25億人。2023年現在は80億人を超えたようです😱
傾向・雰囲気
おもしろさ (知性、好奇心) | |
---|---|
たのしさ (娯楽、直感) | |
コミカル (陽気、軽快) | |
シリアス (陰鬱、厳重) | |
よみやすさ (文体・構成) | |
よみごたえ (長さ・濃さ) |
基本はSF世界での刑事ドラマ。慣習からの脱却、価値観の革新など社会派な作品でもある。
雰囲気の基調はシリアス&サスペンス。スペクタクル成分は希薄。
ロボット以外にも、「高速自動走路(都市を横断する高速な動く歩道)」、「大規模共同食堂(効率のため食事は食堂が基本)」、「イースト食品(酵母から人工的に作られた肉や野菜)」など未来都市生活が描かれている。
高度な論理的思考力を持つ人工知能(陽電子頭脳)を搭載したロボットをコントロールするための基本原則「ロボット三原則」もストーリーに絡んでくる。


件の巨大ドーム都市は、作中で「シティ」と呼ばれています。
妻子持ちの中年刑事ベイリの人物描写を通じて描かれるシティ内の世俗が精細でした。濃密な世界観!
感想・考察


シュール
シュールな雰囲気が印象的だった。
基本はシリアスでサスペンスなSF刑事ドラマなのだけど、”ヒト”なベイリと、”ロボット”なダニールのやりとりが妙な空気を醸し出していた。
ベイリの”やらかし”に対して、真顔のR・ダニールが”含み”なしで率直に事を問う様はシュールだ。感情的なヒトと、理性的なヒトのやりとりを際立たせたような。
「そこまで知らないんかい!」ってツッコミを入れたくなるくらいに、地球人と宇宙人が互いの世俗・慣習・技術の違いを知らなすぎる”カルチャーギャップ”の頻出もシュールさに輪をかけていた。
動物的本能が主導権を握るヒト脳と、理性100%の高性能陽電子頭脳が相まみえたら、大多数のヒトが「劣等感→逆上→暴力」となるのは頷ける。
思い当たる排他思考
作中の地球人たちの排他思考が自分にも思い当たった。
作中の地球人たちは、外気や自然光のある屋外をほんの数マイル歩くことさえできない。
これは、身体能力的には可能なのだが心理的には無理という意味だ。徹底管理され安定した都市の環境に順応しすぎた結果、制御・掌握されていないものに対して極端な不安・恐怖・忌避・敵意を持つようになっている。
自分の場合は、例えば家の中の出る「害虫」だ。ゴキブリ一匹、ハエ一匹がいるだけで、心が休まらない、おちおち眠ってられない、駆除にやっきになる。ティッシュペーパーを分厚く何重にもして包まないと死骸を持つことさえできない。消毒!殺菌!清掃!
昔はわりと平気だったのに、どうしてこうなった…。自然を隔絶してヒトにとって居心地が良いように人工的に調整された環境「住宅地の屋内」に慣れすぎたからだろうか。
排他性が何に対してどのようなかたちで発現するかは定かでないが、殻の中にいる自分にも当てはまっていたのが面白かった。
未来への展望
明るい未来への展望を予感させるラストだったが、果たしてどうだろうか。
ベイリの変化は、序盤での偏見と盲信っぷりからすると、ダニールや宇宙人に希望を抱かせるものだろう。ただ、地球人全体で見た場合は、脱落者の割合は相当に高くなりそうだ。
地球人は前時代に宇宙開拓競争から脱落して数千年を経た人々だ。その遺伝子や習性が容易に変化するとは考えにくい。
ロボット三原則
やっぱり「ロボット三原則」は当てにならないと思った🤣
解釈に余地があるからだ。高度な思考ができればできるほど、「原則」という大雑把な指針に対して、何をどのようにどこで線引きするか、解釈の余地は広くなる。
ロボットは人間に危害をくわえることはできない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼすことはできない。
出典:アイザック・アシモフ 著 | 福島正実 訳 | 鋼鉄都市 | 12 ロボット技術官の意見 | 早川書房
例えば第一条なら、「ロボット」「人間」「危害」「危険」「看過」の基準、取捨選択、優先順位、実行手段、これらの程度など。定義は曖昧だ。
厳密な定義はパラドックスによる思考停止を招き、柔軟な定義は自由による暴走を許す。
ヒトが理解・制御できるようにヒトの知性に準拠させることが、人工知能の能力を制約するのかもしれない。
まとめ
『鋼鉄都市』、良かったです。
作中の反ロボットで荒れる社会は、生成AIの使い道や著作権などで紛糾するリアル世界の未来のようで面白かったです。世界観の構築も秀逸で想像が捗りました🤩
スペクタクル成分の少ない落ち着いた雰囲気のSFドラマを楽しみたい場合に良いかと思います。
続編の『はだかの太陽』のレビュー記事をこちら。