アメリカの作家「ロバート・A・ハインライン」の名作SF小説『夏への扉』のレビュー・感想・紹介記事です。
タイムトラベルを扱ったSFの古典的作品で、「青春ドラマあり、冒険あり、ミステリーあり」と楽しく爽やかな作品になっています。
最近、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズを見て、本作を思い出して、新訳版の方で再読しました。
記事中にストーリーのあからさまなネタバレはありません(※広義のネタバレは含みます)。
基本情報
- タイトル:夏への扉
- 原題:The door into summer
- 著者:ロバート・A・ハインライン
- 訳者(旧訳):福島正実
- 訳者(新訳):小尾芙佐
- 出版社:早川書房
- 初版発行年:1956年
- ページ数:352ページ(新訳版:単行本)
- 価格:572円(旧訳版:Kindle/電子書籍)
- ジャンル:SF、青春、ミステリー
新訳版の方は2020年7月時点だと電子書籍版がなくて残念。
「福島正実」の旧訳版は、表現が硬くて難しめだけど、SF風味が強くて良い。「小尾芙佐」の新訳版は、表現が柔らかくて分かりやすく、旧版よりも現代的な印象です。
どんな本?
アメリカのSF作家「ロバート・A・ハインライン」による長編SF小説。
SFジャンルの中で言うと、「低温睡眠(コールドスリープ)」などを用いたタイムトラベルもの。ストーリーとしてなら青春ドラマ。
舞台は1970年のアメリカ(出版時の1956年からすると約15年後の近未来)。
技術者の主人公ダンは、仲間や婚約者に裏切られて仕事を失い、打ちひしがれていた。
そんな状況で自暴自棄になったダンは、実用化され商品(サービス)として販売されているコールドスリープに望みを託し、2000年になるまでの30年間、眠りに付くことを望むのだが…。
ざっくり方向性
おもしろさ (知的/興味深い) | |
たのしさ (直感的/娯楽性) | |
あかるさ (テーマ/雰囲気) | |
よみやすさ (文体/言葉) | |
おもさ (文量/情報量) |
1950年代に約15年後と50年後の未来を予想して書かれた作品なので、当時の科学技術・文化・価値観・世界情勢からどういった想像がめぐらされたのかを考えながら読むと楽しい。
作中に出てくるSF設定(技術)には、日常生活に身近な家庭用品の未来ガジェットも多く登場するので、21世紀を生きる者の視点で史実との違いを比べながら読むのも面白いと思う。
作中の1970年も、さらに先の2000年もSF設定なので、一粒で二度おいしいかも!?
もう少し突っ込んだ内容
冒頭と書き方
『夏への扉(原題:The door into summer)』という爽やかなイメージを想起させるタイトルと、表紙の「猫(ピート)」が印象的な本作の物語は、以下のように始まる。
あの六週間戦争が始まる少し前の冬、わが雄猫、審判者ペトロニウスとぼくは、コネチカット州の農場にある古い家で暮らしていた。それがまだそこにあるかどうかは疑わしい。なぜならあの古屋は、マンハッタンを僅かにそれた被爆地帯のはしに近かったから、ティッシュペーパーみたいに燃えてしまったにちがいない。たとえまだ建っているとしても、死の灰に汚染されているから、もはや好ましい借家とはいえないだろう、だがあの頃はぼくもピートも、あそこが気に入っていた。
出典:ロバート・A・ハインライン 著|小尾芙佐 訳|夏への扉| 5ページ|早川書房
書き方の形式は「一人称視点」。主人公が語り手となる。
最初の一文は「あの六週間戦争」。続くキーワードに「被爆地帯」「死の灰」もあって、「米ソによる核戦争」を想起させる、すごくSFチックなつかみになっている。
これらの表現は、舞台となるSF設定の1970年世界を、読者の頭にスムーズに導入するための工夫と思われる。
戦争が技術を飛躍的に進歩させることは、史実が証明している。戦争が起きたことにすれば、作中のSF設定に違和感が少なくなり、納得感も得やすい。うまい方法だなあ。
いきなり「核戦争」ネタでくるあたりは、冷戦バリバリの1950年代に書かれた本って感じがします。
作中世界のアメリカは、ソ連からの核兵器による攻撃を受けたようですけど、全土が焼け野原になるほどではなかったようです(?)。
ちなみに、この導入はあくまでも「導入のため」のもので、お話の本筋にこの核戦争ネタはあまり絡んできません。
もう少し具体的な方向性
ハッピーエン度 (バッドエンドは嫌じゃ!) | |
ミステリー要素 (推理/不思議) | |
SF考証 (設定の納得性) | |
刺激/盛り上がり (ハラハラ/ドキドキ) |
未来SFものは陰鬱だったり荒廃的なディスピア設定も多いけれど、本作は未来を好意的且つ明るく描いている(人口とか雇用とかの面で厳しい描写はあるけど)。
オチに関してはストレートなハッピーエンド!良く言えば「逆境に打ち勝つ王道青春もの」、悪く言えば「勧善懲悪のご都合展開」かな。
作中には推理要素・広義のミステリーも含まれている。伏線とかに注意しながら読み進めるのも面白いかも。ただし、あくまでもSFドラマなのでおまけ程度に。
SF考証については、タイムトラベル関連でちょっと引っかかる部分はあると思う(その「引っかかり」が面白くもあるんだけど)。
ダンが作る機械(ロボット/ガジェット)に関しては、実現されているものとかもあって面白い。
作中の盛り上がりとかに関しては、現代的な作品に慣れていると少し刺激が弱いかもしれません。
滑り出しがゆっくりなので、テンションが上がってくる中盤あたりまではしんどい場合もあるかも。
「メモリーチューブ」はプラグイン形式ってことだったけど、ハインラインは”ソフトウェア”として考えていたのかな?
猫のピートの役割
マスコットである猫のピートについて。
ピートは、序盤で(終盤でも少し)主人公の相棒として登場するくらいで、本作は特別に”猫猫”している感じではない。
しかし、「ピート(猫)の生き方の哲学」は、主人公の行動や考え方のシンボル(象徴/合言葉)になっている。
人間用のドアの少なくともひとつは、夏の世界に通じているとピートは信じて疑わなかった。
…中略…
だが夏への扉の探索をやつはあきらめようとはしなかった。
一九七〇年十二月三日、僕も一緒に夏への扉を探し続けていた。出典:ロバート・A・ハインライン 著|小尾芙佐 訳|夏への扉| 6,7ページ|早川書房
素敵な何かに通じている”夏への扉”を探す/求めることを諦めない、信じる的な事をピートの生き方が教えてくれる、みたいな。
ダンはコールドスリープ先の2000年で「あること」を知ってひどい
ショックを受けますが、そこでへこたれなかったから”夏への扉”を見つけることができたと思います。
すごいガッツだよなあ。そのあたりはほんとに「青春!」って感じ。
SF的な面白さ
タイムトラベル
作中には2種類のタイムトラベルが登場して面白い。
1つ目は、低温睡眠で老化せずに時を過ごすことで”未来に行ける”「コールドスリープ」。これは、代謝を抑えて冬を乗り切る「冬眠」が自然界に存在しているし、生殖医療における精子・卵子・受精卵などの凍結保存が現実になっているので、もしかしたら生きているうちに実現・実用化されたりしないかなと思ったり。
2つ目は、過去・未来へ時間旅行できるタイムトラベル。タイムトラベラー自身は、時間移動による肉体・記憶への影響を受けずに、(制約は色々あるけど)過去・未来の狙った時間・場所へと移動できるというもの。
現在に絶望してコールドスリープで30年の眠りにつき、目覚めた未来で進歩した技術によりタイムトラベルができるようになったとしたら、自分ならどうするか…。想像してみると楽しい?怖い?
タイムパラドックス
また、本作のお話の内容を知った上で、扱われるタイムトラベルと、それに関連するタイムパラドックスがどういう性質なのか考えてみると、前述した”明るい作風”とはちょっと違った解釈もできる。
『夏への扉』が持つ青春王道的なカタルシスは、主人公ダンが人生の苦難にめげず幸せを求め努力する姿勢と、それが結実するところにある。運命を切り開く!みたいな。
しかし、タイムパラドックスで考えてみると、ダンの行動は「あらかじめ歴史に織り込み済みだった」とも取れる。「あらかじめ、こうなることが決まっているから、そういう行動を取り、あのような過程を辿る」といった具合。
過去を改変できたのか?単に運命のレールの上を進んでいただけなのか?戻ってきた世界は元の世界なのか?そんな解釈の余地が残される点もSF的に面白い。天の邪鬼!
素直に読んで眩しすぎた時は、ちょっとひねくれた読み方をするのも楽しいです(`ω´)グフフ
まとめ
すんごい久しぶりに読んだ『夏への扉』は、さすがに名作と言われるだけあって、再読でもしみじみ面白かったです。
本作の本筋は王道の青春もので、マスコット的な猫のピートとかも出てくるんですけど、個人的にはそれらを演出するSF&仄かなミステリー要素の方がメインです(邪道な読み方なのじゃ!)。
でも、青春ものとしても面白いと思うので、総じて名作と言われる魅力をもった作品だと思います。