綾辻行人の長編推理小説『水車館の殺人』の読書感想・レビュー記事です。
風変わりな建物を舞台に事件が起きる「館シリーズ」の2作目。山中に佇む奇妙な館『水車館』で繰り返される不可解な事件が描かれています。
基本情報
タイトル | 水車館の殺人 |
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著者 | 綾辻行人 |
初出 | 1988年 (新装改訂版:2008年) |
ジャンル | ミステリー、本格推理 |
キーワード | クローズドサークル、密室、素人探偵、サスペンス |
作品概要
『水車館の殺人』は、綾辻行人による長編推理小説。探偵役として「島田潔」が登場する「館シリーズ」の2作目。初出は1988年。
ジャンルは推理小説。狭義においての”本格推理小説”。さらに細かい設定だと、外界から閉ざされた場所が舞台の”クローズドサークル”ものとなる。
舞台は1986年の日本。山奥の奇妙な館「水車館」で1年前に起きた事件と、それを火種とする新たな事件が描かれる。
本格推理小説(本格ミステリとも)は、作中に散りばめられた手がかりを読み解いて事件の犯人やトリックを明らかにする「謎解き」を楽しめます。
あらすじ
奥深い山中に人目を忍ぶように佇む異形の館「水車館」。
その館には、素顔を白い仮面で隠した主人と、美しき幼妻、僅かな使用人だけが暮らしている。
館の主人は、今は亡き伝説的な幻想画家の一人息子。
普段は人を寄せ付けない水車館だが、1年に1度だけ、遺されたコレクションを縁のある愛好家に公開している。
1986年。4人の客が訪れた水車館は折からの嵐で山中に孤立した。
それは1年前の嵐の夜の事件を思い出させるものだった。
家政婦の事故死、バラバラの焼死体、密室から消えた容疑者。
1年に渡って燻っていた謎の火種が猛風に煽られた時、水車館で新たな惨劇の炎が巻き起こるのだった…。
「いかにも!」って感じのコテコテなミステリーの舞台です🤩
「ミステリー」+「白い仮面」で横溝正史の『犬神家の一族』のスケキヨを連想しました。
方向性
おもしろさ (知性、好奇心) | |
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たのしさ (娯楽、直感) | |
コミカル (陽気、軽快) | |
シリアス (陰鬱、厳重) | |
よみやすさ (文体・構成) | |
よみごたえ (文量・濃さ) |
作品全体が本格推理を描くために特化した作りになっている。舞台(水車館)、物語やその構成、主要な登場人物など、ほとんどが「これは何かあるだろう🤔」と怪しさ満点!
雰囲気は基本的にシリアス。不気味で怪しい感じが強い。
物語は、1章毎に「現在(1986年)」と「過去(1985年)」を交互に描く構成となっている。時系列が行ったり来たりするので若干読みにくいが、現在と過去を比較して謎解きしやすいとも言える。
事件の謎を解くために必要な手がかりが作中にきちんと配置されたフェアな作りです。
第14章が解決パートになります。オチを読む前に、直前のインターローグでまとめられている情報も参考にして、犯人やトリックについて考えるのも良いでしょう。
感想・考察
推理メモ
犯人当てと密室トリックの解明には概ね成功。ヒントが多いこともあってか、あまり難しく思わなかった。
一方、細部では見落としや勘違いが結構あった。
- 現在が一人称、過去が三人称。一人称は叙述トリック?矛盾を比較。
- 正木慎吾とされる焼死体は人物の判別が困難。古川恒仁か藤沼紀一?
- 藤沼紀一は仮面、別人が入れ替わり?
- 家政婦の根岸文江は元看護師。紀一の身体的特徴を知っていた事から口封じされた?
- 古川恒仁は2階でバラバラにされて窓から捨てられた?解体されていれば密室を突破できる?
- 別館階下の森滋彦と三田村則之が共謀して偽証の可能性?密室を演出?
- 書斎に紀一か古川の死体?
- 古川を見たと証言したのは由里絵と正木のみ。共謀?正木が紀一に化けている。
- 三田村は紀一に化けた正木の身体的特徴に気付いて口封じされた?左手の薬指?指の欠損か義指に気付いた?
- 新しい家政婦の野沢朋子は何故殺された?犯人は正木。地下の異臭を知ったから?脅迫状に関する疑い?去年の再現?
- 紀一と正木は29日午前5時には入れ替わっている。由里絵は共犯者。
- 紀一と古川の行方。どちらが焼かれた?運搬と焼却のため紀一もバラバラにされた?
焼死体の被害者を判別できなかった。古川を選んだのは、紀一の脊髄損傷による偽装の露見を防ぐためだったとは。
焼死体は「本物の紀一か古川のどちらかだろう」程度に留まり、関連して「地下の異臭の元もどちらかだろう」とぼんやりとした認識になった。
焼死体は損傷の程度に依るだろうが、DNA鑑定や歯の治療記録で個人を識別されて偽装がばれるような気もする。
言及されていなかったが、焼けすぎて鑑定試料として使えない、時代的に鑑定技術が未熟(1985年だと最先端技術!)、歯の治療記録がない可能性もあるか。
本格推理のための世界
謎解き推理は面白くあったが、読中読後の娯楽的な解放感や満足感などの”カタルシス”或いは”余韻”が弱かった。
舞台、事件、登場人物、作中の各エピソードはいずれも印象が希薄で、全ては本格推理を描くための装置だった。
主人公も不在だった。敢えて定義するなら「現在」の一人称の”主”が主人公なのかもしれないが、作品の構成や謎解きの都合上、感情移入や没入の対象にはなり得ないため、実質主人公ではなかった。単なる語り手。
作中の各要素を内包し土台となる背景世界が無いことと、現在と過去を交互に描く構成から、物語を時間・距離・心情的に離れたところから客観していた。記録された資料を読んでいる気分。
没入可能な登場人物の目線とまでは言わずとも、もう少し近づいて何か”重なる”ものがないと、カタルシスを感じにくいのかもしれない。
本格な長編
著者のあとがきで「細部を直感に頼らず推理し尽くす、通好みの側面を持たせた作品」「大ネタを使わずに長編本格を書く」のようなことが書かれていて合点がいった。
物語性や派手などんでん返しを排除した純度の高い長編本格推理小説は読んだことがなかったかもしれない。
短編推理小説ではパズルを解くことが主眼にあって物語やキャラクターに頓着しない。長編では無意識に本格推理の謎解き以外の要素も期待していたような気がする。
長編の長さでパズルのピースを集めて謎を解いた先にあるご褒美が「真相」だけだと、物足りなく感じるのかな。舞台、事件、犯人、主人公のその後など、色々と欲張ってしまう。
紀一や正木、由里絵のキャラクターが掘り下げられ、水車館のその後も描かれていたら、随分と印象が違っていただろう。でも、そうすると本格推理成分は薄まるのか🤔
まとめ
『水車館の殺人』はストイックさの感じられる本格推理小説で面白かったです。
随分前に読んだ館シリーズ1作目の『十角館の殺人』とは趣きが大分違いました。
示された手がかりを組み合わせ、真相を論理的に導き出せる、パズルのような本格推理を楽しみたい時に良いかもしれません。
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