カート・ヴォネガット・ジュニアのSF長編小説『タイタンの妖女』の読書感想・紹介・レビュー記事です。
宇宙空間での事故で人ならざるものへと変質した男が告げる驚愕の予言。地球から火星・水星・タイタンへと流浪する運命を告げられた富豪マラカイ・コンスタントの受難と最期とは!?
作品情報
タイトル | タイタンの妖女 (The Sirens of Titan) |
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著者 | カート・ヴォネガット・ジュニア |
訳者 | 浅倉久志 |
出版社 | 早川書房 |
初出 | 1959年 (日本語訳:1972年) |
ページ数 | 375 |
価格 | 544円(Kindle版) |
キーワード | SF、宇宙、幻想、哲学、運命、自由意志、ブラックコメディ |
作品概要
『タイタンの妖女』は、1959年にアメリカで出版されたSF長編小説。著者は、カート・ヴォネガット・ジュニア。
ジャンルは広義のSF。ただし、科学の法則や技術がストーリーやギミックの中心になっていないファンタジー寄りなタイプ。テーマは哲学、特に「自由意志」あたりの色合いが濃い。
本作は、一般に王道と呼ばれるSF小説とは毛色が違う変わり種。”奇作”といってもいいかも。たとえば「作中の登場人物によって序盤から”あらすじ”が明かされる」、「場面が突飛に転換する」、「非道な行為が悪びれず飄々と描かれる」、など全体にナンセンスやブラックユーモアの趣がある。
あらすじ
将来の地球、アメリカ合衆国。
全米一の富豪で女たらしであるマラカイ・コンスタントは、アメリカ上流階級の典型であるウインストン・ナイルス・ラムファードの邸宅に招待される。
ラムファードは自家用宇宙船による火星探検の途上で”時間等曲率漏斗”に飛び込んでしまった。それにより彼は、起点を太陽に、終点をペテルギウスに持つ、歪んだ螺旋の波動現象になっていた。
彼の体は天体が螺旋を遮るとき、地球においては59日に一度、”実体化”し、それが過ぎると”非実体化”することを事故発生から繰り返えしていた。
人の理から外れてしまったラムファードだったが、全ての時空に存在するようになったことで、自らの過去と未来の全てを同時に認識できる特異な能力も獲得していた。
実体化したラムファードと会見したコンスタントは驚愕の予言を突きつけられる。
それによるとコンスタントは、火星と水星を訪れた後に一度地球に戻り、その後土星の衛星タイタンに行くことになるという。
さらには、火星人によってラムファードの妻と結婚させられ、息子が生まれると。
非実体化が始まり体が消失していくラムファードが笑みを浮かべて言う「タイタンで会おう」。
コンスタントは予言の実現を防ぐために、自らが持つ宇宙関連企業の株式を売却するなど、手を打つのだが……。
作中の舞台になっている時代は22世紀らしいです(作中のどこで言及されているか未確認or未認識)。
ラムファードの予知能力は、映画『メッセージ』に出てきた宇宙人ヘプタポッドに近い感じでした。始まりから終わりまで全てを同時認識できるので「時間の経過」という概念がない。
その対義語として「単時点的(パンクテユアル/パンクチュアル)」という表現が使われていました(通常の人間は1秒ずつ順に進んでいくその時々の単一の時間しか認識できない)。
方向性
おもしろさ (知性・好奇心) | |
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たのしさ (直感・娯楽) | |
ふんいき (←シリアス/コミカル→) | |
よみやすさ (文体・構成) | |
よみごたえ (文量・濃さ) |
登場人物がなかなか酷い目にあったりするのだけど重苦しい感じはなくて、むしろ超然としているくらい。
序盤~中盤に繰り広げられる物語は杜撰で悪ふざけのようだった。全体的には人の生に対する諦観が見受けられた。
文章そのものは読みやすくて良好。しかし、現代的ではない表現が割りと多くて、読み方や意味を知らない漢字・熟語に少し苦戦した。翻訳の都合や時期も関係あるのだろうが、日本の近代文学を読むときの難しさに似ていた。
感想・考察
毒気が勝る
SFとブラックユーモアでコーティングされた奴隷たちの物語。重苦しさはあまりないけれど、実のない話だった。
コンスタント、ビアトリス、クロノ、その他多くの地球人に加え、ラムファードも、そしてサロでさえも、被支配者且つ運命に翻弄される存在だった。トラルファマドール星人にも上位の存在がいても不思議はない。上にも下にも無限に続いているような。
コンスタントは弄ばれ、利用され尽くして、終いには幻覚を見ながら死んでいく。主観では最終的に幸福だったのかもしれない。でも、客観すると酷い話だし、リアル過ぎる。「こいつぁキツイぜ、ハハハ!」って笑い飛ばすなり受け流すのが正解だったのかも、真に受けちゃったよ。
鳥たちに同化して野生的な生き方をするに至ったクロノの台詞も印象に残った。「お母さんとお父さん」「ぼくに生命の贈り物をありがとう!さようなら!」。適応といえばそうかもしれないが、字面に反する皮肉の影も見えてしまう。発狂・精神崩壊を防ぐための懸命な自己肯定。
産み落とされた世界が不条理でも、その中で幸せを見つけて生きる、という現実主義的な処世術は必要だろう。とはいえ、不条理は正されるべきだし、そういう指向であって欲しい。特に創作の世界では、とりわけサイエンスフィクションでは。自分には、薬になりそうな何かよりも、毒気の方が強く感じられた。
映画『マトリックス』で、裏切り者のサイファーが現実には存在しないステーキを食べながら、辛い現実より甘美な仮想世界を選ぶ場面を思い出した。
アンテナは埋まったまま
アンテナは埋まったままだ。
この”アンテナ”は、コンスタントやビアトリスの頭蓋に埋め込まれた物理的なアンテナであり、ラムファードや地球人全体を数十万年操った力でもあり、ヒトに生来組み込まれている本能・遺伝的気質でもある。
ラムファードが考える「トラルファマドール星人による太陽系への干渉は目的が果たされれば止む」は希望的観測だ。ラムファードは自分が太陽系外に飛ばされた後の太陽系での出来事を知らない。
”アンテナ”は、必ずしも苦痛で意思や行動を強制するとは限らない。興奮で熱狂させ、快楽で誘い、安堵で弛緩させ、不安や恐怖で駆り立てることもできる。実際そうであったように「自由意志である」と誤認させることも容易い。
「UWTB(そうなろうとする万有意思)」は宇宙船の動力だけでなく、地球人・太陽系・同族のサロでさえも動かし「そうなろうとさせる」力を持っているのかも。
対「ミステリー」モードで考えていると、だんだんホラーでサスペンスな作品に思えてきた😱
ラムファードの受難
最大の犠牲者はラムファードのように思えた。どの程度の”自由”があったのか、どの程度まで理解していたのかによるだろうが。
何も理解していない道化と、理解しているが抗いようもなく道化を演じる道化。どちらがより不幸か、なんて考えるのは野暮だけど、どちらにしても酷い。
救いは愛犬カザックが一緒なことだろうか。こういう発想が単時点的と言うのだろうなあ。
まとめ
率直な感想は「妙なものを読んでしまった」でした。
奇妙ながら面白いと思ったのも確かですが、SFだからこそできる王道的なスペクタクルとは異質でした。でも、読後は何だか心がザワザワしたあたり、名作と評価される面白さはあると思います。
風変わりなSF小説を読んでみたい時に良いかもしれません。