アーサー・C・クラークのSF小説『地球光』の読書感想・レビュー記事です。
22世紀の月世界を舞台とする古典SF作品。地球政府と惑星連合の戦争にも繋がりかねない情報を巡って、月世界に送り込まれた主人公が逆スパイを探すサスペンス&ミステリー!
基本情報
タイトル | 地球光 (原題:Earthlight) |
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著者 | アーサー・C・クラーク |
初出 | 1955年 |
ジャンル | SF、サスペンス、ミステリー |
キーワード | 月世界、宇宙戦争、スパイ、情報戦 |
作品概要
『地球光』は、イギリスの小説家アーサー・C・クラークによって1955年に発表されたSF小説。
ジャンルは、月世界を主な舞台とした宇宙ものSFサスペンス作品。ミステリーの要素も含んでいる。
あらすじ
人類が宇宙へと進出した22世紀。
月への入植から2世紀が経ち、火星・金星・水星・土星の開拓も進められていた。
地球を飛び出した開拓者たち「惑星連合」の人々は、惑星開発に不可欠な重金属の不足に苦しんでいた。
地球以外の惑星には軽金属こそ無限に存在していたが、水銀、鉛、ウラン、プラチナ、トリウム、タングステンのような重金属はほとんど入手できなかった。
重金属を地球に依存する惑星連合に対して「地球政府」はその供給を渋り、両者の関係は日に日に悪化していった。
地球政府が管轄する月世界。
地下に建設された都市は地球と諸惑星の中継拠点として機能し、希薄な大気は天文学の研究にも適っていた。一方で資源採掘地としては不毛とされていた。
しかし、ある研究者が発表した論文の理論が地球政府に波紋をもたらす。
「月の海のはるか深くには莫大な量のウラン、重金属がある」
天文台を監査する名目で会計士として月に降り立ったサドラー。
彼は地球政府が送り込んだ情報機関のスパイだった。その任務は、月資源の情報や地球政府の動きを惑星連合に漏らす逆スパイを見つけ出すこと。
一見穏やかな月世界の水面下では、惑星間戦争にも繋がりかねない危険な諜報戦が繰り広げられるのだった…。
「地球政府」と「宇宙に進出した勢力」の対立構造には、『月は無慈悲な夜の女王』や『機動戦士ガンダム』を連想しました。
一部の貴重な重金属に限定されるとはいえ、地球や月の方に資源があるという設定が意外でした。
方向性
おもしろさ (知性、好奇心) | |
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たのしさ (娯楽、直感) | |
コミカル (軽快、喜劇) | |
シリアス (厳重、悲劇) | |
よみやすさ (文体・構成) | |
よみごたえ (文量・濃さ) |
サスペンス基調なのだけど殺伐とした”切った張った”はなく、ハラハラ・ドキドキする感じは薄い。シリアス成分もさほど強くなくて、特別に重苦しくはない。
会計士を装って逆スパイを調査する主人公の仕事や日常生活を通じて、未来の月世界(自然・地下都市・研究所である天文台)や世界情勢(宇宙情勢)が描かれる。割と落ち着いた雰囲気。
地球とは違う月の自然環境を描写している場面も多く、荘厳で幻想的なイメージもある。
文章量は長めの中編程度。Kindle版での長さ(印刷本に近い推定値)は246ページになっていた。
誰が月世界に潜入しているスパイなのか、というミステリー成分もあります。
主人公サドラーは頭脳派の探偵・調査員といった風情。007のような武闘派のスーパーエージェントではないのでアクション要素はありません。
同著者の傑作との呼び声高いSF小説『幼年期の終わり』に比べると小粒な佳作という印象です。
感想・考察
楽観的な未来像
未来世界の人類の有様を楽観的に描いているのが印象的だった。
理想論を述べる若者に「いざとなったときにそんなことが言ってられるか?」と背に腹はかえられない現実を諭す場面もある。楽観一辺倒ではない、ちゃんと一悶着、二悶着ある。
しかし、描かれる戦争は局地的、大勢が決した後は潔く撤退、民間人の犠牲はない、その後の救助活動には敵味方に関係なく真摯に取り組む。絵に描いたような高潔と善良だった。
戦後、地球政府と惑星連合が”雨降って地固まる”のように友好関係を築くという落ちには首をひねった。未来の人類の価値観や能力(主に知性面)に関する変化が描かれていないこともあってか、違和感が強かった。
超破壊力や機動力を持つ新兵器や技術を目の当たりにした人類は、歩み寄るのではなく、猜疑を深め敵対心を燃やす。これは、歴史が証明している(本作発表時だと冷戦がいい例)。
作中のような決着を得るためには、高度な人間性とそれを主体とする政治体制が不可欠だ。人類の深慮と良心に対する好意と期待が込められているように感じた。
ハッピーエンドは好きだけどしっくりはこなかった。『タイタンの妖女』や『月は無慈悲な夜の女王』の毒気と滋味にまだ当てられている気がする。
雷神計画
地球政府の月要塞『雷神計画(ソープロジェクト)』と、惑星連合の宇宙戦艦の戦いがSF成分たっぷりで熱かった。
要塞の方は防御力と火力に特化していて、宇宙戦艦の方は機動力重視。航空機やミサイル技術が発展する前の要塞と軍艦の戦いみたいな感じだろうか。
月の表面を溶岩の海に変えてしまうほどの火力のぶつかり合い!そして、宇宙戦艦の「保護の場(プロテクション・フィールド)」を貫く要塞の主力兵器「強力な電磁石によって秒速数百kmで空間を飛ぶ溶けた金属の噴射(特に名称なし)」。
あの要塞主力兵器は、レールガンかプラズマ砲の類かな?要塞の名前と性質と威力からは『銀河英雄伝説』に登場するイゼルローン要塞の「トールハンマー」を連想した。
まとめ
「SFスペクタクル」と「サスペンス&ミステリー」がバランスよく配分されていて面白かったです。
古典SFの趣きを味わえて、ページ数もほどほどで読みやすいです。未来系の宇宙SF作品を気軽に楽しみたいときにぴったりの一冊だと思います。