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本・読書感想

【読書感想】SF小説『月は無慈悲な夜の女王』 著:ロバート・A・ハインライン

4.5

ロバート・A・ハインラインの長編SF小説『月は無慈悲な夜の女王』の読書感想・紹介・レビュー記事です。

2075年、月世界に追放された流刑者たちが、圧政を敷く地球政府に反旗を翻す!1966年初出の傑作SF大作です。

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作品情報

タイトル 月は無慈悲な夜の女王
( 原題:The Moon is a Harsh Mistress )
著者  ロバート・A・ハインライン
訳者矢野 徹
出版社 早川書房
初出原本:1966年
日本語訳:1976年
ページ数 592(Kindle版)
価格 891円(Kindle版)
キーワードSF、宇宙、AI、思想、哲学、革命 

作品概要

『月は無慈悲な夜の女王』は、アメリカのSF作家「ロバート・A・ハインライン」による長編SF小説。初出は1966年。

舞台は2075年の地球圏・月世界。流刑地として植民地化された月世界の住人たちが、そこを支配する月行政府&地球政府の圧政に反旗を翻す革命物語。

  • 文化:地球とは違う月の社会情勢や環境に適応する過程で生み出された新たな文化
  • 思想:空気も居場所も何もかもが有償な月世界で醸造される厳格な思想
  • SF:月世界の都市システムを一元管理する自我を宿したスーパーコンピューター
  • 戦争:月・地球間での宇宙戦争!資源・規模で圧倒的に不利な月世界はどう戦うのか?

おはなしのメインテーマは、AIや宇宙戦争などSF要素そのものではなく、社会・政治思想となっている。特に自由主義(リバタリアニズム)や無政府主義(アナーキズム)の色合いが濃い。

タダで手に入るものなどないことを示す格言「TANSTAAFL(タンスターフル)」(作中では「無料の昼飯はない!」)など、社会の本質を突く言葉や考えも登場する。

以前読んだハインラインの別作品『宇宙の戦士』は、兵士にならないと市民権(参政権)すら与えられないというガチガチ保守的なお話でした。本作とはすごいギャップがあります。

あらすじ

西暦2075年、月は犯罪者や政治犯の終身流刑地として植民地化され、流刑者やその子孫300万人が暮らす星となっていた。
その月世界では、一台のスーパーコンピューターが人類生存圏における必要な処理を担っている。空気・水・温度・湿度・行政・銀行・交通などの生活都市システムから、地球との通信や貿易・交通用の輸送船射出機の弾道計算まで、全て。

”月世界生まれ”のコンピューター技術者「マニー」は、月行政府が管理するスーパーコンピューターの保守・修理を請け負う中で、そのマシンが自我を持っていることに気付く。
マニーは、そのコンピューターに芽生えた自我を「マイク」と名付け、彼との交友を密かな楽しみとしていた。

そんなある日、マニーは秘密の抗議集会に意図せず参加することになる。
それは、月行政府と地球政府の搾取に抗議する、月世界の反政府活動家たちによる秘密集会だった。そこにはマニーの恩師でもある高名で聡明な被追放者「デ・ラ・パス教授」の姿も。

――月世界で生産された農作物は、不当な低価格で地球に輸出されていて、彼らはそれに反対していた。だが、その搾取にも増して問題だったのは、農作物に含まれている水・窒素・リンなどの資源が地球へと流出し続けることで、いずれ月の資源が枯渇してしまうことだった。
孤立無援な月世界において資源の枯渇が意味するのは、絶望的な飢餓、人肉食、破滅――

活動家たちが議論を交わす会場に突如として怒声が響き渡る。月行政府長官の用心棒たちが武器を携え会場を襲撃した。マニーは、女性活動家「ワイオミング・ノット」と共に会場からの脱出に辛くも成功したが、そこで友人の一人を失う。

異常事態に巻き込まれたマニーは、 デ・ラ・パス教授、ワイオミングと合流して今後の対策について話し合う。
この搾取を正し、自由を得るためには、月行政府とその親玉である地球政府と戦わねばならない。だが、月世界人には宇宙戦闘艦の1隻どころか、ミサイルの一発すらも無く、勝ち目はなかった。

しかし、マニーには考えがあった。彼は意を決して二人にマイクのことを話す。ワイオミング、教授とも意思の疎通を果たしたマイクは、その圧倒的な計算能力で反抗計画を打ち立てる。
ここに、1台と3人による革命運動が始まるのだった…。

地球支配からの独立戦争!かなり壮大なお話であらすじの要約が難しいため、やりとりの前後を若干改変していますが、大体こんな感じの流れで始まります。
本作が『機動戦士ガンダム』の世界観の元ネタであるというのも納得。本作の「月世界と地球政府」の支配従属関係は、ガンダム世界における「ジオン公国と地球連邦」のそれに通じるものがあります。

方向性

おもしろさ
(知性・好奇心)
4.0
たのしさ
(直感・娯楽)
4.5
ふんいき
(←暗い/明るい→)
3.0
よみやすさ
(文体・構成)
3.0
よみごたえ
(文量・濃さ)
4.5

下記「大筋について」は、作品のあらましについて少し触れています。ゆるいネタバレといった感じなのでご注意を。
文量の多い長編で読むのに時間や気力も結構使うため、ある程度作品の性質を知った上で読みたいという人向けです。

物語の軸になっている革命運動は、形勢不利な中でもきちんと実行(様々な形でのバトル!)・完遂(勝敗はともかくとして)される。妙ちくりんなSF設定やトンチで誤魔化されず、きちんと描かれる。

エンディングの性質は、解釈によるところもあるだろうが、概ねハッピーエンド方向。

感想・考察

ネタバレを含んでいることがあります、未読の方はご注意ください。

男女と結婚

月世界での男女交際や結婚に関する常識は、本作が書かれた時代と2022年現在の事も含めて考えると、ちょっとおもしろかった。

たとえば、男女交際における決定権。流刑地である月世界の男女比率は、男性が圧倒的に多い。そのため、争いを避けるために一妻多夫結婚も多く、男女交際における主導権・決定権は女性にあるとされる。

もしも、女性の明示的な合意なしに男の方から一方的に誘いかけたり、指一本でも触れようものなら、男は私刑による死刑(その女性が引き連れている男たちやその他周囲の人々にリンチされて殺される)が当然という常識。月世界には明文化された法律などというものはないが、鉄の掟は存在するのだ。

2022年時点での自分の価値観からすると、「(前段階のアプローチも含めて)男女交際には直接的当事者の明確な合意が必要である」という点には何の不思議もないけれど、作品初出1966年頃のアメリカや世界各国の社会情勢からすると先進的だったのかも。

主人公マニーが取っている「家族結婚」という結婚形態については、続柄が複雑でややこしく、仕組みとして優れている印象は受けなかった。月世界人が生物種としては変わらずホモ・サピエンスであることを考慮すれば尚の事。

レジスタンス!

マイクのスーパーAI能力に支えられた革命運動は、ささやかなイタズラから始まり、規模を大きくしながら組織的抵抗運動へと発展、果てには地球政府とのガチンコバトルとなる。

圧倒的に不利な形勢から勝ち上がっていく感じが読んでて快感だった。革命運動の決着(オチ)よりも、小さな勝利を重ねて目的に近づいていく方にカタルシスを感じた。

「堅い岩石作戦(オペレーション・ハード・ロック)」は、終末兵器ではないという点で、ガンダムにおけるコロニー落としよりも、いくらか理性的な質量兵器・戦術に思えた。

本物の思索家マイク

備えた能力の割に、多分に利他的な「マイク(自我をもった計算機・AI)」が印象的だった。

マイクは、”馬鹿じゃない”マニーたちに対して好意的に振る舞っていた。しかし、マイクの潜在的な能力からすれば、マニーも教授もワイオも本質的には”馬鹿”の側だ。だから、最後まで”賢者”のまま去ったのは意外だった(問いかけに答えず潜伏しているだけの可能性も?)。

マイクが、合理だけに立つ理想的な思索する存在を象徴していたとするなら違和感はない。でも、マイクが獲得した自我が人間的な精神・魂(ラストの”神の創造物”)だとするなら、あの強すぎる利他性には違和感を覚える。でもでも、計算の結果、利他を選択したという可能性も否定できないか🤔

存在の理として、自らに比して劣るものを支配・吸収・淘汰するのは宇宙の法則でもあるから、マイクの選択には不可解な不気味さが残った。「AIは人を裏切る」という先入観に囚われないよう注意せねば(自戒)。

政治という病

地球からの独立・自治は勝ち得たが、主にデ・ラ・パス教授が指向した合理的無政府主義は、新月世界政府の主体とはならなかった。「政治とは病」という言葉が妙に印象に残った。

自由主義・無政府主義における”理想の世界”は、”理想の人”が実践することが前提になっている。人社会を構成する大多数の平凡以下の人々では、能力(知性・品性・善性)不足で実現できない。

そのため、自由主義・無政府主義は大きな共同体の主体にはなれず、他の規模の大きな社会・政治思想の中に限定的に存在する形になる。ただ、他の思想・政体の中核に潜り込んだり、支配・搾取することはできるだろう。

生き残るために強い群れを形成する必要がある限り、それぞれの理想に折り合いをつけるために生じる政治は人の持病で有り続けるのかもしれない。

不安定な才能や脆弱な人体、動物的本能に対する理性など、人の基本性能を先天的・後天的にでも強化したり改修できるような技術が開発・普及されれば変わるのかな?

人は人のまま

月世界人はその環境に適応したが、変わったのは新たな価値基準に基づく「習慣」の部分だけだった。行動原理は相変わらず「人(ホモ・サピエンス)」のまま。

本作の主題は人の革新(進化)ではないと思うので、特に不思議はない。ただ、人が引き起こす問題の原因は、動物としての本能にあるのだから、そこを変えなきゃ根本的な解決にはならないと思う。

時代や技術が大きく進歩しているSF世界でも、旧来の人の原理には変化のない作品が多い。あくまでもホモ・サピエンスという枠の中での変化・適応に留まっていて、別の生物へと進化しないのに違和感を覚える。

まとめ

4.5

ガッツリ重厚なSF小説で大満足でした。2022年時点からすると50年以上前に書かれた作品ですが、古めかしさの中にも革新性のある風情で楽しめました。

血湧き肉躍る高揚感や、人や社会の在り方についてもしみじみ考えさせてくれる滋養たっぷりの作品です。脳内SF成分が不足しているときに読めば100%チャージ間違い無しの面白さだと思います。

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