ジョナサン・シルバータウンの著作『なぜあの人のジョークは面白いのか?進化論で読み解くユーモアの科学』の読書感想・紹介・レビュー記事です。
作品情報
タイトル | なぜあの人のジョークは面白いのか? 進化論で読み解くユーモアの科学 |
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原題 | The Comedy of Error: why evolution made us laugh |
著者 | ジョナサン・シルバータウン (Jonathan Silvertown) |
出版社 | 東洋経済新報社 |
出版年 | 2021年 |
ページ数 | 228 |
価格 | 1,584円(Kindle版) |
キーワード | 人類学 |
作品概要
英エディンバラ大学の教授で進化生物学者である著者が、人類学を用いて「ユーモア」と「笑い」の本質を科学的に解き明かさんとする一冊。
古代から現代まで100以上のジョークが収録されており、 「ユーモア」と「笑い」の解明に一役買っている。
本書のジャンルは自然科学・社会科学の教養書に近い。ユーモアに関する実用書ではない点に注意。
目次
- Chapter1:おかしさと間違い
まえがき - Chapter2:ユーモアと心
ユーモアとは何か、真髄を探り定義する - Chapter3:歌とダンス
ユーモアの性質に迫る - Chapter4:くすぐりと遊び
人が笑うように進化した謎と笑いが伝染する謎 - Chapter5:微笑みと進化
笑顔に込められた意味を検証する - Chapter6:笑いとセックス
ユーモアは何の役に立つのか - Chapter7:ジョークと文化
笑いによって築かれた文化に切り込む
ユーモアと笑いの不思議を解き明かすために多種の学術が動員され、多角的に考察されています。
遺伝・進化に関する人類学、アリストテレスやカントの論も出てくる哲学、フロイトの心理学、AIやロボットのコンピュータ言語学、文化・宗教の社会学などなど。出典も多いです。
方向性
おもしろさ (知性・好奇心) | |
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たのしさ (直感・娯楽) | |
ふんいき (←暗い/明るい→) | |
よみやすさ (文体・構成) | |
よみごたえ (文量・濃さ) |
本文の表現や構成は(翻訳も含めて)読みやすいと思われる。
紹介される有名・傑作とされるジョークは、本筋の理解を助けるのに役立っている一方で、逆効果な部分も見受けられた。登場頻度が多すぎて本文を読むリズムが邪魔され、少し読みにくさがあった。
感想・考察
海外ジョークが笑えない理由
では、ユーモアの理論を一言でまとめるとどうなるか?
出典:ジョナサン・シルバータウン 著 | 水谷淳 訳 | なぜあの人のジョークは面白いのか?進化論で読み解くユーモアの科学 | Chapter3 歌とダンス ロボットはジョークを理解できるか | 東洋経済新報社
面白いことに気づくというのは、不調和が無害に解消されたことに対する認知的反応にほかならない。
不調和説は、海外のジョークがつまらない理由をスッキリ説明してくれるもので、なかなか興味深かった。
不調和を認知するためには、まず調和が取れている状態を知っていなければいけない。 変・妙・不可解などの不調和な 「おかしさ」を「おかしさ」と認知でき、さらにそれが無害に解消(調和)されることによって、初めて笑える可能性が生じる。
収録されている100以上の海外ジョークの殆どが笑えなかったのは、その不調和さとそれが本当に無害なのかを理解・評価できなかったからだろう(欧米の文化に根付いたジョーク中心だった)。一方で、特定の国・地域・言語・文化の影響を受けにくいであろう普遍的なテーマのジョークは割と面白かった。
笑いと微笑み
「笑い」は下品で、「微笑み」は上品なイメージがある。
人間社会における笑いの機能は、自分が周囲にいるヒトに対して敵意をもっていないことを広くアピールすること。ヒト以外の社会性をもつ哺乳類にも備わっている遊戯発声と呼ばれる「これは遊びで危害を加えるつもりはない」を伝える安全側のシグナルだ。
世間一般ではニコニコよく笑うヒトを「いいヒトそう」と言う節が強い。笑いだけに限らず、外見や仕草などのステレオタイプなシグナルでの評価は、社会生活の中で自身の安全を確保するために最低限は必要だ。しかし、それだけで結論付けてしまう思考停止な風潮が社会で幅を利かせているところもあって、これは怖い。
一方で、微笑みはその時々で微妙な意味合いを持つ複雑なものだ。微笑みは純粋な愉快さから生じるわけではなく、様々な感情や思考が入り混じったものになる。さらに微笑まれた対象にも「相手がどのような想いで、考えで微笑んだのか」という想像や解釈が生じる。それらの機微こそが、畜生的で下品な「笑い」と、人間的で上品な「微笑み」の違いに思える。
笑いの4機能を謎掛けで
ユーモアを身につけるために読んだわけではないけれど、せっかく読んだのでジョークを作ってみる。
洒落た小話を作るのはしんどいので、作りやすい謎掛けスタイルで笑いの4機能「感謝・親しさ・優越・反体制」を試す。
感謝を示す(社会的な絆を強くする)
「握手」とかけまして、「匿名の寄付」と解きます。
その心は?
どちらも「シャイ(謝意・shy)」がこもってます。
親しさを深める(集団内の親しさを育む)
「遠方の友人」とかけまして、「孫との背比べ」と解きます。
その心は?
どちらも「サイカイ(再会・最下位)」が楽しみです。
優越性を示す(他のグループに対する優越感)
オリンピックとかけまして、陰謀論者と解きます。
その心は?
どちらも「サイギ(祭儀・猜疑)」に終始します。
反体制的(弱者にとっての武器)
「政治家」とかけまして、「わかりにくい公約」と解きます。
その心は?
どちらも「エゴ(egoist・英語)」がつきものです。
コメディアンはつらいよ
特に根拠は示されず「コメディアンは早死する(ネタを考えるストレス)」みたいな話も書かれていたが、自分でユーモアを考えるというのは”予想外”がなくて確かにつまらないものだった。
笑える話を作ろうとするのは、自分の頭の中で結果的に調和の取れる不調和を”予想内”で考えること。自分では分かりきった理屈の上で無数の組み合わせからなるべく予想外なものを選び出さなければならないため、脳への負荷が大きいのもツラいところ。
紹介されていたジョークの中でも特に秀逸だった「クッシュメーカー」の出来の良さを再認識した。
まとめ
ユーモアにまつわる「なぜ人は笑うのか」「笑いは何の役に立つのか」を、進化論を中心に解き明かそうとする試みは興味深く面白いものでした。
結論として示される、「笑いの役割は自分をアピールして異性を惹きつけること」「ユーモアは自分が魅力的であることを示す手段」については、知性を示すことができるユーモア以外の手段に対する比較・検証についての言及などが少なく、いまいちピンときませんでした。
総合的にはユーモアの成り立ちと役割を科学的に考える面白い本でした。人類学の本が好きだったり、ホモ・サピエンスの習性に興味があるなら楽しめる作品かと思います。