ジェイムズ・P・ホーガンの長編SF小説『星を継ぐもの』の読書感想・紹介・レビュー記事です。
地球・宇宙を舞台に「5万年以上前に月で死んだ人間の謎を解く」、科学・技術成分のアイデアが特濃の名作ハードSFです。
基本情報
- タイトル:星を継ぐもの
- 原題:Inherit the Stars
- 著者:ジェイムズ・P・ホーガン
- 出版社:創元社
- 初版発行年:1977年
- ページ数:308p(文庫版)
- 価格:687円(Kindle)
- ジャンル:SF、ミステリ
どんな本?
『星を継ぐもの』は、1977年に出版されたSF長編小説。著者はイギリスの小説家ジェイムズ・P・ホーガン。
ジャンルは広義だとSF、狭義においては科学・技術がお話の中心になっているハードSF。なのだけど、ストーリーの軸は「5万年以上前に月で死んだ人間の謎を解く(真相を突き止める)」というものなので、ミステリー的な要素も含んでいる。
本作がシリーズの1作目で続編も出版されている。
- 星を継ぐもの
- ガニメデの優しい巨人
- 巨人たちの星
- 内なる宇宙(上)
- 内なる宇宙(下)
- Mission to Minerva
- 2020年10月時点では日本語訳版は無い模様。
あらすじ
月面調査隊が真紅の宇宙服をまとった死体を発見した。すぐさま地球の研究室で綿密な調査が行なわれた結果、驚くべき事実が明らかになった。死体はどの月面基地の所属でもなく、世界のいかなる人間でもない。ほとんど現代人と同じ生物であるにもかかわらず、5万年以上も前に死んでいたのだ。謎は謎を呼び、一つの疑問が解決すると、何倍もの疑問が生まれてくる。やがて木星の衛星ガニメデで地球のものではない宇宙船の残骸が発見されたが……。
ジェイムズ・P・ホーガン | 星を継ぐもの | 1p | 池央耿 訳 | 創元社
「月で5万年以上前に死んだ人間が見つかる」ことで人類は驚天動地。さらに「木星の衛星ガニメデで未知の宇宙船が見つかる」もんだから、さあ大変!
すごいキャッチぃで心を鷲掴みにされます(*´Д`)ハァハァ
ざっくりお話の内容
主人公の原子物理学者ヴィクター・ハントが、月で発見された5万年以上前に死んだ人間(愛称:チャーリー/一般名称:ルナリアン)が「どこから来たのか/なぜ月で死んだのか」を探るお話。
物語は2027年から始まる(※出版年が1977年だから約50年後の時代設定)。舞台はアメリカにある国連宇宙軍。
発見された死体「チャーリー」が、生物学的にホモ・サピエンスであると確認されたことで、国連宇宙軍の担当部署は総力を挙げ人類の起源を追い求める。
チャーリーの遺体やその他遺留品は、物理学・生物学・天文学・数学・言語学・etc…など知識を総動員して調べられるが、新たな情報が明らかになる度に謎が謎を呼ぶ。
その最中、木星の衛星ガニメデで氷の中に埋まった人類のものではない宇宙船が見つかる…。
ざっくり方向性
おもしろさ (知的/興味深い) | |
たのしさ (直感/娯楽性) | |
あかるさ (テーマ/雰囲気) | |
よみやすさ (構成/文体) | |
よみごたえ (文量/情報量) |
「科学的に辻褄があっているのか」はちょっと脇に置いておいて、兎にも角にも本作は作中が科学チックな話であふれていて面白い。めんどうな人間ドラマは控えめ。
作中の雰囲気は、作中の背景である世界設定の影響もあってか全体的に明るい。
読みやすさについては、中盤に入るまでがちょっとしんどいかなと思う(ネタはすごくキャッチぃなんですが)。序盤は色々な用語が一気に出てくる&チャーリーと宇宙船について一通りの情報が出揃わないのでもどかしい。エンジンが掛かるのは中盤から!
少し突っ込んだ内容(微ネタバレ)
SF濃度が高い
主人公たち研究者グループは、チャーリーの存在やガニメデで見つかった宇宙船の謎を、科学的に多様な角度から解き明かそうとするのだけど、関連する情報が明らかになる度に「生物学的には○○」vs「天文学的には○○」vs「考古学的には○○」みたいに火花が散る。
お話の中身の大半は、想像を掻き立てられる「科学的(サイエンス・フィクション)」な考証の連続で構成されている。
余計な人間ドラマがないので濃いSFを楽しめる!
ミステリーとしても
本作にはいわゆる「どんでん返し」がある。ミステリーな作り。
主人公たちは、チャーリーと宇宙船に関する謎について、さまざまな仮説を立てるのだけど、どうしても辻褄の合わない部分が出てくる。その矛盾を解消する答えが何なのかは作中の最後に明かされる。
本作の語り手は三人称。そして、冒頭の「プロローグ」では、本のあらすじにも書かれている「真紅の宇宙服をまとった」と整合するキャラクター(=チャーリー)が登場して死ぬ(と思われる描写がある)。
つまり、「チャーリーが月で死んだ」事を本の構成によって肯定した上で物語が展開する(=チャーリーが月で死んだこと自体が捏造などのインチキ落ちでないことを最初に宣言している)。
そんなミステリー仕立てでもあるので、「チャーリーが月で死んでいた事を上手く説明できる考え方」を推理しながら読むのも面白いと思う。
ミステリーとしても面白かったです(≧∇≦)b
明るい未来設定
作中の世界設定が面白い。
「放射能汚染が発生せず従来の何倍もの威力をもつ核兵器が開発された」+「出生率が低下」で、人類は殺し合うのをやめた。そして、その結果ありあまったエネルギーを宇宙開発に向けているという、明るく平和な未来設定の2020年代になっている。
放射能汚染が発生しない核兵器は使用・運用上の制約が軽くなると思われる。さらに威力も従来の何倍もあるとなると、さすがにまともに戦争する気もなくなっちゃうのかな?出生率の低下で人口が減って、領土や資源の取り合いが収まったのも大きいのかもなあ。
さらに、世界政府みたいなものが作られそうみたいな話や、月の開発が進んでいて月旅行が当たり前みたいな設定も出てくる。
「ヨーロッパ合衆国」とか「ソヴィエト(ソ連)」が出てくるあたりには1970年代という時代を感じたりもします。
これらの設定は、憂いのある世界観を排してSF味に集中させるための工夫なんでしょうかね。
ネタバレ注意な感想
ダンチェッカーめぇ!
最後にダンチェッカーが美味しいところを持っていたのには驚いた。あの演説は主人公ハント形無しで意外だった。分かりやすい人類至上主義!
ハントは中盤くらいまでダンチェッカーの事を人柄から学術的な部分まで嫌っていたのに。ハントやダンチェッカーが人間として成長したからとも取れるか…。
ガニメアンの意図
結局よく分からないガニメアン。ハントの仮説は続編で覆されるのか?
ガニメアンが作中における2020年代の人類より100年以上進んだ技術をもっていたとするなら、大気の変化を調整するのに地球生物を利用するというのは、効率的にも無理があるように思える。
意図は別にあったのかな?
科学と技術のためのストーリー
文庫版の解説が良かった。
科学や技術について語るときの様子は、まるでオモチャを与えられた子どものように、嬉々としているのが感じられる。そして、ストーリーを語るよりも、アイディアを語ることが中心になっている。
ジェイムズ・P・ホーガン | 星を継ぐもの | 鏡明 解説 305p | 創元社
引用箇所は、解説でホーガン作品の特徴に言及されている部分の一節。
たしかに、このお話はサイエンスチックな事を語りたいがために書かれたと言ってもいいくらいに、科学と技術の語りが大部分を占めていて、且つ活き活きしていると思う。
ハントが最後に示した仮説(オチ)は穴も多いので、むしろそこに至る過程の多様な可能生を「あーでもない、こーでもない」ってやりとりしているところこそが『星を継ぐもの』の見どころだったのかも。
まとめ
『星を継ぐもの』は、個人的にはかなり面白いSF作品でした。
濃すぎるSFはそれだけで読みにくかったりしますが、本作はミステリー的な要素もあって全体的には読みやすい印象です。
これでもかというくらいに科学・技術の話でストーリーが展開するので、ガッツリSFを読みたい場合におすすめの一冊だと思います。