「怖い」にスポットライトを当てて西洋絵画を解説した中野京子の美術書『怖い絵 泣く女篇』の読書感想・紹介・レビュー記事です。
「怖い絵」シリーズの2作目となる本作では、15世紀~20世紀の西洋絵画22点が取り上げられています。見るからに怖いものから、知ることでゾッとものまで色々楽しめました。
アイキャッチ画像の『レディ・ジェーン・グレイの処刑』は、この後の展開が容易に予想できすぎてストレートに「怖い」です。
でも、それだけじゃないんです。「16歳の若さで斬首される酷い運命」&「一撃で処刑が完了しない可能生」を知れば、怖さ3倍増し(≧∇≦)/
基本情報
- タイトル:怖い絵 泣く女篇
- 旧タイトル(単行本版):怖い絵2
- 著者:中野京子
- 出版社:KADOKAWA
- 初版発行年:2008年
- ページ数:253(文庫版)
- 価格:704円(Kindle版)
- キーワード:西洋絵画、美術、芸術、歴史、文化、宗教
どんな本?
『怖い絵 泣く女篇』は、何らかの「怖さ」を秘めた西洋絵画にスポットを当てた美術書・解説書。「怖い絵」シリーズの2作目となっている。
出版年は2008年、著者はドイツ文学/西洋文化史を専門とする中野京子。最初の単行本タイトルは『怖い絵2』、文庫化に伴い書き下ろしが追加され『怖い絵 泣く女篇』に改題された。
パッと見てあからさまに怖い作品から、その絵が描かれた背景を知ることで心がざわつくもの等、15世紀~20世紀に描かれた22作品(単行本は20作品)が紹介・解説されている。
1作品あたりの解説ページ数は10~12。絵画を構成する要素、歴史背景、作者などに触れながら、「何がどう怖いのか」教えてくれる。
残酷、嫉妬、憎悪、不安、狂気、恍惚、隠蔽、劣情、悲哀etc…
前作に続き業の深い作品がラインナップされていました。
↑の『レカミエ夫人の肖像』も一見すると「美しい」とか「魅惑的」なんですけど、実は同時に怖さも湛えているようです。
紹介作品
- ドラローシュ『レディ・ジェーン・グレイの処刑』
- ミレー『晩鐘』
- カレーニョ・デ・ミランダ『カルロス二世』
- ベラスケス『ラス・メニーナス』
- エッシャー『相対性』
- ジェラール『レカミエ夫人の肖像』
- ブリューゲル『ベツレヘムの嬰児虐殺』
- ヴェロッキオ『キリストの洗礼』
- ビアズリー『サロメ』
- ボッティチェリ『ホロフェルネスの遺体発見』
- ブレイク『巨大なレッド・ドラゴンと火をまとう女』
- フォンテーヌブロー派の逸名画家『ガブリエル・デストレのその妹』
- ルーベンス『パリスの審判』
- ドレイパー『オデュッセウスとセイレーン』
- カルパッチョ『聖ギオルギウスと竜』
- レンブラント『テュルプ博士の解剖学実習』
- ホガース『精神病院にて』
- ファン・エイク『アルノルフィニ夫妻の肖像』
- ハント『シャロットの乙女』
- ベックリン『死の島』
- メーヘレン『エマオの晩餐』
- ピカソ『泣く女』
- 解説:小池昌代
Wikipedia巡りしながら読むのもおすすめです。情報を補完しながら読めるのでより面白くなります。
海外版の方が情報が豊富な作品・画家も多いようですな。
ざっくり方向性
おもしろさ (知的/興味深い) | |
たのしさ (直感/娯楽性) | |
あかるさ (テーマ/雰囲気) | |
よみやすさ (文体/言葉選び) | |
よみごたえ (文量/情報量) |
前作に引き続き、各作品の背景にある歴史・文化・宗教なども絡めて解説されていて、面白さは成分はたっぷり!
また、作品が持つ様々な方向性の「怖さ」には惹かれるものがあり、読んでいて楽しかった(不謹慎かなとは思いつつも)。バラエティ豊かな怖い作品でダークサイドに堕ちてみるのも一興(`ω´)グフフ
「怖い」をテーマにしているけれど、視覚的にグロテスク(えぐい/むごい/どぎつい)な作品は、前作より控えめな印象(※刺激の強い作品もある)。今作では、作品の構成を紐解くことで、内面にある陰鬱な怖さを考察しているものが多いと思う。
解説部分の構成は前作と同じで「参考絵画+解説8~10ページ」くらいなので、浅すぎず深すぎずで娯楽&知的な成分をバランスよく含んでいて吉。読みやすいです。
得体の知れない何かに対する恐怖からくる「ホラー」、何が起きたのか/起きるのか不安になる「サスペンス」、何かを予感させる謎めいた「ミステリー」、どす黒い悪意を孕んだ「サイコ」な作品たち!
印象に残った作品
ベラスケスの『ラス・メニーナス』。
複雑な構成と企みで謎めいている印象が強い。最初はあまり怖いという感じはなかったのだけど、解説を読むとじわじわと怖くなった。
本書の解説では右端の2人に注目している。2人ともいわゆる小人症、中央にいる王女様のための奴隷で「道化」なのだ。王侯貴族がその社会的地位を誇示するために、現代で言うところの障害者を、「慰み者」としてペットのように飼っていた事が描かれている。
ベラスケスは、稀な能力を持ちながらも、宮廷画家故に必ずしも描きたい絵を描けない立場にあった。彼は矮人の肖像を他にも多く描いている。それは、彼らの不自由さと内に秘めた怒りに呼応する何かが、彼の中にあったからかもしれない。
のように解説されていて、『ラス・メニーナス』の謎めいている魅力は、もしかしたらそのあたりにもあるのかも、なんて思ったり。つい技巧の部分に目がいっちゃうので、こういう見方も面白い!
人の尊厳を顧みない人間性の欠落を垣間見られる作品として、レンブラント『テュルプ博士の解剖学実習(解剖学講義とも)』、ホガース『精神病院にて』も興味深かった。
中世~近代の西洋人みんながそういう価値観をもっていたとは考えないけど、戦争・飢餓・疫病が蔓延る生き地獄のような世界では、劣情に浸ることで正気と狂気の均衡を保っていた、あるいは精神の致命的破綻を防いでいたのかも。
2020年現在で言えば、コロナ禍がもっと酷いことになったりしたら、人々の心がどこまで浅ましくなるのか(゚A゚;)ゴクリ
まとめ
本作は、前作『怖い絵』と遜色ないくらいに面白かったです。やっぱり怖いのって魅力的!
西洋絵画に慣れている人は新たな視点で楽しむヒントに、慣れていない人は楽しみながら面白さのとっかかりを見つけるきっかけになる本ではないかと思います。