西洋絵画の「怖い」に焦点を当てた中野京子の美術書『怖い絵 死と乙女篇』の読書感想・紹介・レビュー記事です。
「怖い絵」シリーズの3作目となる本作には、怖さを秘めたり湛えたりな15世紀~20世紀の西洋絵画22点が取り上げられています。
見るからに怖い顔をした『皇女ソフィア』。バックグラウンドを知って、もっと怖くなりました。
基本情報
- タイトル:怖い絵 死と乙女篇
- 旧タイトル(単行本版):怖い絵3
- 著者:中野京子
- 出版社:KADOKAWA
- 初版発行年:2009年
- ページ数:267(文庫版)
- 価格:673円(Kindle版)
- キーワード:西洋絵画、美術、芸術、歴史、文化、宗教、神話
どんな本?
『怖い絵 死と乙女篇』は、西洋絵画が持つ様々な「怖さ」に注目して紹介・解説している『怖い絵』シリーズの3作目。
出版は2009年、著者はドイツ文学/西洋文化史を専門とする中野京子。初版の単行本タイトルは『怖い絵3』、文庫化に伴い描き下ろしが追加されて『怖い絵 死と乙女篇』に改題された。
取り上げられている西洋絵画は、中世~近代(15世紀~20世紀)に描かれた、見た目以上に実は「怖い」作品や、知識や注意深い観察なしでは見落としてしまう隠された「怖い」を持つ作品たち。
解説や参考絵画の構成は、シリーズ前2作品とほぼ同じ。歴史・文化・画家など作品の背景に触れながら、1作品あたり10~12ページで解説されている。
「死と乙女篇」ということで、「怖い」の代表格である「死」と「女」に関連する作品が多めに紹介されていました。
ルーベンスの『メドゥーサの首』は、本能的・生理的に感じる怖さが半端ないです。戦慄のグロテスクさ!
本来の美しい姿を女神アテナによって怪物に変えられ、(アテナが裏で糸を引く)英雄ペルセウスに討ち取られ、死後はその首や血までもアテナに利用されるメデューサ。あの三白眼には、女神の執念深さへの驚きも含まれていそう。
紹介作品
- レーピン『皇女ソフィア』
- ボッティチェリ『ヴィーナスの誕生』
- カバネル『ヴィーナスの誕生』
- ベラスケス『フェリペ・プロスペロ王子』
- ヨルダーンス『豆の王様』
- レオナルド・ダ・ヴィンチ『聖アンナと聖母子』
- ミケランジェロ『聖家族』
- セガンティーニ『悪しき母たち』
- 伝レーニ『ベアトリーチェ・チェンチ』
- ルーベンス『メドゥーサの首』
- アンソール『仮面にかこまれた自画像』
- フュースリ『夢魔』
- ドラクロワ『怒れるメディア』
- 伝ブリューゲル『イカロスの墜落』
- レッドグレイブ『かわいそうな先生』
- フーケ『ムーランの聖母子』
- ベックリン『ケンタウロスの闘い』
- アミゴーニ『ファリネッリと友人たち』
- ホガース『ジン横丁』
- ゲインズバラ『アンドリューズ夫妻』
- ゴヤ『マドリッド、一八〇八年五月三日』
- シーレ『死と乙女』
- 解説:村上隆
Wikipediaや美術館のサイトなどで情報を補いながら読むとより面白いです。
ものすごい高解像度(数十~数百MB)の画像データが公開されている作品もあるので、PCの大きいディスプレイで見ながら読むのもおすすめです。
ざっくり方向性
おもしろさ (知的/興味深い) | |
たのしさ (直感/娯楽性) | |
あかるさ (テーマ/雰囲気) | |
よみやすさ (文体/言葉選び) | |
よみごたえ (文量/情報量) |
面白さ・楽しさは、前シリーズ2作品を踏襲していて安定!見た目がわかりやすく怖い絵はより怖く、特に怖そうではない絵では隠された怖さを知ることになる。
作品毎に「時代」「経緯」「作者」などのバックグラウンドを抑えつつ、なにがどう怖いのか解説・考察されている。読みやすさも良好!
現代人の感覚からすると狂気の沙汰とも言えるような、中世~近代のヨーロッパ作品たちだから、どぎついエピソードが盛りだくさん。作品全体のイメージは決して明るいものではない。ただ、必要以上に暗い/陰鬱ってわけでもない。シリアスホラーな小説・映画を楽しむ感じで読むといいかも?
視覚的なグロさはどうだろう…、前2作品と同じくらいに思えた。パッと見でキツイのは、ルーベンス『メドゥーサの首』と、ゴヤ『マドリッド、一八〇八年五月三日』あたり。出血表現やグロテスクが苦手な人は少し注意ですな。
1・2・3作目と読み進めていくと、「次はどんな怖いエピソード・裏話が待っているのか」という、背徳的な楽しさが強くなりました(*´Д`)
印象に残った作品
イリヤ・レーピン『皇女ソフィア』
まずは顔、とにかく首から上が怖い。鬼気迫る目、真一文字に結ばれた口、怒りで燃える炎のような乱れ髪。貫禄のある二重顎もあって威圧感抜群の怖さ!
しかし、腕を組んでテーブルに寄り掛かっている姿勢は、首から上の怒りに満ちた攻撃的佇まいとは裏腹に、待ち受ける運命に絶望し、恐怖し、諦観しているようにも見える。怒りと恐怖が同時に在るような。
或いは、「玉座を取り戻した暁には覚えていろよ」みたいな、背筋の寒くなる怖さだったりするのかもしれない。
骨肉の争いに破れ、幽閉された者の憤怒。飼い殺しの運命に抗って闘争を選んだ女の末路。この後ソフィアは剃髪され、死ぬまで修道院に閉じ込められるのだ!
絵の主人公「ソフィア」視点での恐怖、ソフィアと「対峙した者」視点での恐怖、絶望的状況とその末路を知ることによる恐怖、一粒で三度怖い。
知ることで怖くなる
『イカロスの墜落』『アンドリューズ夫妻』『豆の王様』『ファリネッリと友人たち』など、一見したところ怖さを感じない作品たちにも、絵が描かれた背景を知ることによる「怖さ」があって面白かった。
『イカロスの墜落』には、圧政者による制裁・密告におびえて「見ざる言わざる聞かざる」しかなかった息苦しさが。
『アンドリューズ夫妻』の解説には、牧歌的な風景にそれらを作ったはずの「労働者」の存在が描かれていない「怖さ」が考察されていて面白かった。
「富・権力」の裏側に「貧困・不自由」が存在するのはいつの時代においても当てはまる。しみじみ怖い…。
まとめ
怖い絵シリーズの3作目も怖面白かったです。怖さの種類が色々なのと、絵の裏側にあるミステリーを考察する楽しさを味わえて飽きませんでした。
絵画の技巧的な部分にはあまり触れられていませんが、娯楽・教養として西洋絵画に接する際のきっかけや入門書として参考になると思います。