アガサ・クリスティの短編集『ミス・マープルのご意見は? 1』の読書感想・レビュー記事です。
知人数人が集まって謎を出し合い推理する夜会「火曜クラブ」の短編4篇が収録された作品です。
基本情報
タイトル | ミス・マープルのご意見は? 1 |
---|---|
著者 | アガサ・クリスティ |
初出 | 1927年~ |
ジャンル | ミステリー、推理 |
キーワード | イギリス、老婦人、素人探偵、安楽椅子探偵 |
「ミス・マープル」が登場する短編4つが収録されたグーテンベルク21版を読みました。
表紙のジョーン・ヒクソンでBBCのテレビドラマを思い出しました。
作品概要
『ミス・マープルのご意見は? 1』は、イギリスの作家アガサ・クリスティの「ミス・マープル」ものの短編4つが収録された作品。
ジャンルはミステリー、推理。本作に収録されている作品はいずれも”安楽椅子探偵”もの。
時代設定は1920年代~と思われる。ミス・マープルが登場する作品は1927年~1976年にかけて発表された。
主人公は、イギリスの架空の田舎村セント・メアリ・ミードに住む老婦人ミス・マープル。長年の経験や鋭い人間観察によって得た洞察を元に、事件や犯人を推理する素人探偵。
ミス・マープルの推理は、「村で起きた◯◯さんの事件に似てるわね」って感じで、人生経験を元に犯人像をプロファイリングするスタイルです。
収録作品
火曜クラブ
ミス・マープルが初登場する作品。
セント・メアリ・ミードにあるミス・マープルの家に集まった知り合い6人。家の女主人ミス・マープル、甥の作家レイモンド、女性画家、ロンドン警視庁の元警視総監、牧師、弁護士。
集まった人それぞれが自ら経験し顛末を知っている事件を謎として出題する。聞き手になった人たちは、それぞれ事件の真相や犯人を推理する。このゲームは毎週火曜日に行われたことから「火曜クラブ」と呼ばれる。
最初に出題したのは元警視総監のヘンリー・クリザリング卿。
それは、3人が中毒になり、そのうち1人が死亡した単純で不運な食中毒事件。しかし、ひょんなことから毒による殺人の噂が立ち、再捜査の結果、遺体からヒ素が検出された。
事件のあらましを聞いて、各々が推理の結果を語る。最後になったミス・マープルはおもむろに「わたしは、マウント荘に住んでいたハーグレーヴスじいさんを思い出しましたよ。おじいさんは実は…」
原題:The Tuesday Night Club(初出:1927年)
血にそまった敷石
女流画家のジョイス・ランプリエールは、5年前に遭遇した奇妙な事件について説明を始める。
美しい風景の小さな漁村の宿での出来事。ジョイスが泊まっていた宿に1組の夫婦が自動車で訪れる。
夫の方は快活、妻の方は垢抜けない雰囲気。そこへもう1台、自動車に乗った派手な格好の女が現れる。夫は派手な女と知り合いらしく、大っぴらに再会を喜び、3人で海水浴へ行く話を持ち出す。
後日、妻の死体が海岸で発見される。夫にも派手な女にもアリバイがあり、事件は事故として扱われるが、ジョイスはうまく説明できない胸騒ぎを覚える。
解答者の男性陣から、謎を解く手掛かりが少なすぎることを指摘されるジョイス。するとミス・マープルは「わたしも不公平だと思いますよ、ジョイスさん。あなたも私も女だから、わかっていることなのです。男の方では、この問題を解くのは無理というものです…」
原題:The Bloodstained Pavement(初出:1928年)
アスタルテの祠
老年の牧師ペンダーが若い頃に経験したゾッとする事件について語る。
ペンダー牧師の旧知の友人ヘイドン卿は神秘思想に凝っていて、ダートムアのはずれにある遺跡と森に囲まれた風変わりな屋敷を所有していた。
屋敷に招待されたペンダー牧師や他の客たちは、近くの森にあるアスタルテ(イシュタルとも。メソポタミア神話の女神)の祠に因んだ仮装パーティを開いた。
パーティの夜、仮装した女性の1人が突然屋敷を飛び出して森に入っていった。追いかけた一同は、アスタルテの祠で巫女になりきり恍惚としている女性を発見する。ヘイドン卿が祠にいる女性に近づくと、彼はよろめいて倒れた。
最初はパーティの余興と思われたが、ヘイドン卿は刺殺されていた。しかし、女性とヘイドン卿の間には距離があり刺殺は不可能と思われた…。
原題:The Idol House of Astarte(初出:1928年)
コンパニオン
別の日の火曜クラブ。参加者のロイド医師が、グラン・カナリア島で遭遇した不可解な事件について説明する。
転地療養でグラン・カナリア島に滞在していたロイド医師は、イギリス人の女主人とコンパニオンが海水浴場で溺れたところに居合わせる。
女主人は助け上げられたが、コンパニオンはロイド医師によって救命処置を施されたが助からなかった。数カ月後、女主人は遺書を検視官に送り、服を砂浜に残して姿を消した。女主人はコンパニオンの死に責任を感じ、海に身を投げて死亡したものとみなされた。
痛ましい事件の連鎖と思われたが、ロイド医師には一つひっかかることがあった。それは、救命処置を施している際に女主人がチラリとみせた異様な恐怖の表情だった。
なぜ女主人はあのような異様な恐怖の表情をコンパニオンに向けていたのか、ロイド医師の想像は膨らむ。その結末は…。
原題:The Companion(初出:1930年)
収録作はいずれも「火曜クラブ」系の作品です。
傾向・雰囲気
おもしろさ (知性、好奇心) | |
---|---|
たのしさ (娯楽、直感) | |
コミカル (陽気、軽快) | |
シリアス (陰鬱、厳重) | |
よみやすさ (文体・構成) | |
よみごたえ (長さ・濃さ) |
アクションやサスペンスの要素はほぼないです。どす黒いメロドラマ的な成分もいくらか含まれていますが、全体的には軽快な雰囲気でした。
素人が集まって推理ゲームをするあたりは、アイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』を連想しました。
感想・考察
テレビドラマ版を思い出す
表紙のジョーン・ヒクソンに惹き寄せられた。
1984年~1992年にかけて制作されたBBCのテレビドラマ版を思い出す。
淑やかで、狡猾で、豪胆で、含蓄深いおばあさん。な印象が強く残っている。
ミス・マープルの人間観
「マープルおばさん、おばさんには、人間にたいする美しい信頼感をもちつづけてもらいたいものですね」
「わたしのいいたいのはね、たいていの人たちは、善人でも悪人でもない、ただのおばかさんばかりということですよ」
ミス・マープルは、目をほそめて編物の目をかぞえながらいった。
出典: ミス・マープルのご意見は? 1 | 火曜クラブ | 2014年 | アガサ・クリスティ 著 | 各務三郎 訳 | グーテンベルク21
上記引用は、短編『火曜クラブ』でのミス・マープルと小説家の甥レイモンドのやりとり。
人を善・悪たらしめるには、意志と頭脳と手段が必要だ。まずは意志がなければ始まらない。しかし志しだけでは空回りするので頭が必要だ。そして定まった善意・悪意は具体的な手段により実現される。
大抵の人は、際立った「善」や「悪」という域にまで至らない。善人というほど善でないし、悪人というほど悪でもない、何かしら過不足する。ミス・マープル的には「ただの馬鹿」と🤣
人生経験豊富な老嬢の辛辣で痛快な人間観が垣間見えるようで面白かった。
まとめ
『ミス・マープルのご意見は? 1』、面白かったです。
ミス・マープルの原作は随分前に読んだことがあったと思うのですが、すっかりテレビドラマ版のイメージで上書きされていたので、ちょっと新鮮でもありました。
普遍的な人間ドラマ成分の濃い推理小説を読みたいときにいいかもしれません。
2023年6月確認時、AmazonのKindle Unlimtedの読み放題対象になっていました。
シリーズ続編のレビュー記事も投稿しました。よろしければどうぞ。