1898年に出版されたファーガス・ヒュームのミステリー小説『質屋探偵ヘイガー・スタンリーの事件簿』の読書感想・紹介・レビュー記事です。
19世紀末、イギリスはロンドンの貧民街ランベスで質屋の主となったジプシーの娘「ヘイガー・スタンリー」の冒険談が描かれた連作短編作品です。
基本情報
- タイトル:質屋探偵ヘイガー・スタンリーの事件簿
- 原題:Hagar of the Pawn-shop
- 著者:ファーガス・ヒューム(Fergus Hume)
- 訳者:平山雄一
- 出版社:国書刊行会
- 初版発行年:2016年
- 原作:1898年
- ページ数:288(単行本)
- 価格:1,814円(Kindle版)
- ジャンル:ミステリー、推理、探偵、短編
原作はパブリックドメインです。プロジェクト・グーテンベルクのオーストラリア版で公開されています。
どんな本?
オーストラリアの作家「ファーガス・ヒューム」が、1898年に生み出した連作の短編ミステリ小説。
舞台は19世紀末のイギリス。ロンドンの貧民街ランベスにある小さな質屋。
黒髪と浅黒い肌をもつ若く美しいジプシー女性「ヘイガー・スタンリー」は、大嫌いな求婚者から逃れるために、親類の小父が営む質屋に転がり込む。
それから2年、ヘイガーは質屋の手伝いとしてこき使われていたが、小父が突然亡くなってしまう。彼女は、行方不明になっている小父の息子が帰ってくるまで店を守るため、自ら質屋を営む生活を始めるのだった。
店を訪れる様々な曰く付きの人々と質草は、ヘイガーを魅了し、ときに事件に巻き込んでいく…。
目次
全12章(12の短編)で構成されている。
ヘイガーがランベスの質屋に登場してから退場するまでの3年間にあった事件が描かれる。
- 第一章:ヘイガー登場
- 第二章:一人目の客とフィレンツェ版ダンテ
- 第三章:二人目の客と琥珀のネックレス
- 第四章:三人目の客と翡翠の偶像
- 第五章:四人目の客と謎の十字架
- 第六章:五人目の客と銅の鍵
- 第七章:六人目の客と銀のティーポット
- 第八章:七人目の客と首振り人形
- 第九章:八人目の客と一足のブーツ
- 第十章:九人目の客と秘密の小箱
- 第十一章:十人目の客とペルシャの指輪
- 第十二章:ヘイガー退場
ざっくり雰囲気
おもしろさ (知的/興味深い) | |
たのしさ (直感/娯楽性) | |
あかるさ (テーマ/雰囲気) | |
よみやすさ (文体/言葉選び) | |
ながさ (文量/情報量) |
おもしろさ
ミステリー(探偵小説)としての知的な面白さでいうと、「ちょっと物足りない」といったところ。探偵役のヘイガーが、事件の捜査・解決・結末に直接絡まない話すらある。
逆に歴史・浪漫としては結構面白いかもしれない。各短編に登場するゲストキャラたちは、作品の舞台になっている大英帝国の繁栄を反映したかのように国際色豊かになっている。
時代設定はシャーロック・ホームズと同じヴィクトリア朝。
国書刊行会の翻訳版は『シャーロック・ホームズの姉妹たち』というシリーズです。
ヘイガーの魅力
作品の直感的な楽しさのほとんどは、ヘイガーのキャラクターに拠っている。「美しいジプシーの娘」+「頭がいい」+「ストイック」+「乙女チック」+「ちょっぴり迂闊」。
ヘイガーは、自分をこき使った憎たらしい質屋店主ディックス(小父=おばの夫)が死んだ後、その遺産の相続を断ったうえに店舗・儲けを無償で管理する。それは、行方不明になっているが正統な相続者であるディックスの息子に遺産を渡すため。筋を通すのがヘイガーだ。
しかし、ヘイガーは単に倫理観が強く禁欲的なわけでもない。自分から貧乏くじを引いている事を自覚しているし、生きるために客の足元を見たりもする。若く誠実そうな客の青年に一目惚れするし、質草にまつわるロマンスに酔ったりもする。
ヘイガーは東洋風の顔立ちらしいです。作中の表現からペルシャ系ではないようなので、インド系に近い感じだったりするのかな。
堅気な仕事で生計を立てられなくなると、犯罪者になるか悪名高い救貧院送りとなるので必死です。
作風
作品の気色には、明暗が共存している。事件の解決による正義の執行やヒロインであるヘイガーの「恋愛」に関する明るい部分もあるが、悪辣だったりやるせない話も割りとある。
1編当たりの長さは大体20ページ強、短いので読みやすい。翻訳は現代的で読みやすさ重視な印象だった。
ネタバレを含む感想
爆発オチ
1番印象に残っているのは、「第四章:三人目の客と翡翠の偶像」。
あの”爆発オチ”には思わず吹き出してしまった。さもありそうな話なんだけど、逆にだからこそ「ないでしょ?」みたいに思っていたので驚いた。
罠があることを予見していながらも、射幸心に駆られて、結果吹き飛ぶ。ミステリーと言えば、ミステリー。古典ならではの味わいなのかな。
復讐の女神
「第七章:六人目の客と銀のティーポット」。胸が悪くなるタイプの話。
ヘイガーは約束を守って真実を明かさなかった。だから、約束を守るという筋は通せた。しかし、正義を貫くことはできなかった。
真実を明らかにした後にどうなるかは当事者たちの問題。真実によって関係者が傷付く場合の責任は、正義の執行者ではなく、発端となる悪事を行った者にある。というのを前提にしつつも、なるべく関係者に被害が出ないように、「復讐の女神」を上手いことやってほしかった。
つい今し方死んだマーガレット嬢を「不誠実」と言った夫に、フォローさえ入れないジェーンには後悔や反省もなければ、贖罪の意思もないと思う。
迂闊なヘイガー
結果的には笑い話の「第十章:九人目の客と秘密の小箱」は楽しかった。
あそこまで首を突っ込んで脅迫を防ぎ、浮気女に引導を渡し、類が及ぶかもしれない当事者にも一部始終を説明しておきながら、結局は人違いというオチは秀逸だった。
同時に、強い倫理観のもとで正しくあろうとすることの難しさと危うさを示唆しているようにも思えた。七章とは対になっているような気もする。
ハッピーエンド
ヘイガーとユースタスが無事に結ばれて良かった。やっぱりハッピーエンドがいいね!
特に良かったのはヘイガーが、望んでいた自由な生活を実現できたこと。慎ましくではあるけれど、愛する人と望んだ生き方ができるってのは幸せなことだ。
ゆっくり文庫版
読んでみるきっかけになった「ゆっくり文庫版(※系とかリスペクトの方)」の翻案作品。
まとめ
推理小説(探偵小説)としての面白みはいまいちだと思いましたが、小気味よく読める広義のミステリーとしては面白かったです。
本格的なミステリー小説と身構えずに読めばわりと楽しめる作品だと思います。
本作と同じく19世紀末~20世紀初頭に活躍する女性探偵を描いた”冒険ミステリ”な作品『駆け出し探偵フランシス・ベアードの冒険』の感想記事も書きました。合わせてどうぞ。