森博嗣の長編小説『少し変わった子あります』の読書感想・紹介・レビュー記事です。
主人公は行方不明になっている後輩から勧められた料理店を訪れる。その店は一人で訪れる決まりで、場所・料理・相伴の相手も二度同じことはないという不思議なところだった。
作品情報
タイトル | 少し変わった子あります |
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サブタイトル | Eccentric persons are in stock |
著者 | 森博嗣 |
出版社 | 文藝春秋 |
初出 | 2006年 |
ページ数 | 230(文庫版) |
価格 | 605円(Kindle版) |
キーワード | 文学、ミステリー、幻想、ホラー、哲学 |
作品概要
あらすじ
大学教員の小山は、行方不明になっている後輩の荒木から紹介されていた料理店を訪れる。
その料理店は風変わりだ。二人以上での来店不可、毎回場所が変わる、出される料理はおまかせ、一切を取り仕切るのは女将一人だけ、店や店員に関する情報は教えてもらえない。
輪をかけて変わっているのは、接客を生業としていない一人の若い女性が相伴することだ。この女性も毎回違う人だが、共通しているのは作法を心得ている点。
店も料理も相手も一度きり。妖しさを感じる小山だが、いつも違う静かで落ち着いた場所、料理の美味しさ、相伴してくれる女性の上品さ、それらがもたらす厳かな食事に惹かれていく。
二度と同じものがない二人きりの孤独な食事が、思考と幻想を巡らせる…。
方向性
おもしろさ (知性・好奇心) | |
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たのしさ (直感・娯楽) | |
ふんいき (←暗い/明るい→) | |
よみやすさ (文体・構成) | |
よみごたえ (文量・濃さ) |
「行方不明の後輩」+「怪しい料理店」というのもあって、対推理小説モードで警戒して読み始めました。
でも、中身は「不思議」とか「幻想的」寄りなミステリーの類で、サスペンスでスリリングな感じは控えめでした(解釈次第でしょうが)。
感想・考察
エッセイを連想する
ほんの一時一度きりの相手との食事を通して自己認識を研ぎ澄ますあたりには、森先生のエッセイを連想した。
特に『孤独の価値』なんだけど、その独特なんだけど理路整然とした価値観はエッセイをはじめ、森先生の色々な作品に滲み出ているような気がする。
小説の体で書かれているけど、小説風のエッセイとして読んでみても面白いかもしれない。とはいえ、ミステリー的な”どんでん返し”も用意されているから、ちゃんと小説してもいる。
あの食事に近い状況は?
- 二人きり(外界から隔離された空間)
- 同じ行為をする(この場合は”食事”)
- 素性を明かさない(女性側は概要くらいは知っていそう)
- 男と女(性的緊張がある?)
- 再会がない(指名不可)
- 素が出る(育・地・品)
- 金銭の授受(結局は接待)
変わったシチュエーションに思えてたけど、考えてみるとそうでもないのかも。
珍しいのは、育ちの良い上品で頭の良い人と二人きりで後腐れなく純粋に食事を楽しめる機会。
しかし、このサービスは卑しい。他人が食べているところを鑑賞して思考や幻想を膨らませるというのは、無粋を下回って卑しい。
謎解き・想像
解説で触れられていた『注文の多い料理店』みたいに、ちょっぴりホラーな方向で想像してみる。ミステリーの謎解き推理とは程遠い想像。
- 1章:少し変わった子あります
- 6章:ただ少し変わった子あります
- 7章:あと少し変わった子あります
- 8章:少し変わった子終わりました
語り手(視点)は6章まで小山、7・8章は磯部。
1章と8章の女性の話(ゴジラが出てくる夢)が同じであることと、8章の時点で磯部が2度目に言及することで、7章から語り手が変わっていることが示される。
気になるのは語り手が変わった7章に登場する店の女性。「先月まで大学の教員だった」というこの女性は、かつて小山だったもの。
小山は決まりに反する誘いに乗ってしまう。その代償は”メニュー(少し変わった子)”として”店”に取り込まれること。
”店”は「上質な孤独」を好む。”店”は魅了した獲物自身に孤独を持つ者を紹介させ、新しい獲物の目星をつける。古い方の獲物には「上質の孤独」が残っているかを試し、残っていない場合はそれを引き出すための”メニュー”に変えてしまう。
紹介された人が最初に会う”メニュー”は、自分に店を紹介した人だ。そして、順に前の紹介者たちに遡っていく。行方不明になった荒木は、ゴジラの夢を話す”メニュー”として小山・磯部と会っている。
磯部は3度目の利用を考えるが、危険な気配を感じ取って深入りをやめる。孤独を自らのものとして怪しい代物の利用を断つことで呪いの連鎖が終わる。
上質の孤独を好む怪異。女将をなんかヤバい具体的な妖怪にする手もあるだろうけど、サービスを提供する”店”という概念自体が怪異である方が掴みどころがなく不気味。
『注文の多い料理店』は額面通りに受け止めると「食べる側が、実は食べられる側だった」となる。内実からはズレるかもしれないが、本作を怪談然として解釈するのも面白そう。
まとめ
「幻想的で不思議」というのが全体の印象でした。ただ、読み返してみるとなんだか怖い話に思えてきて、そっちの想像ばかり膨らんだので、自分の中ではホラー小説となりました。
つまるところ、解釈に余地がたっぷりとある、よくわからない作品でした。そういった定まらないフワフワした不思議さを想像力をもって楽しめそうな場合にはおすすめできそうです。