森博嗣の短編集『実験的経験 Experimental experience』の読書感想・紹介・レビュー記事です。
「タイトルに偽りなし」な、本当に実験的なショートショート集です。思考が凝り固まって巡りが悪くなっている時に読めば、ちょっと頭が柔らかくなるかもしれない。そんな面白い本でした(≧∇≦)b
基本情報
タイトル | 実験的経験 |
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サブタイトル | Experimental experience |
著者 | 森博嗣 |
初出 | 2012年 |
出版社 | 講談社 |
価格 | 671円(Kindle版) |
ページ数 | 304(文庫版) |
キーワード | 小説、エッセイ、短編集、ショートショート、文芸 |
どんな本?
『実験的経験 Experimental experience』は、2012年に出版された森博嗣の短編集。2011年4月~2012年1月まで講談社の月刊小説誌『小説現代』に連載。
広義のジャンルは「短編集」になるのだと思う。1編あたりが1ページ未満から3ページ程度と短い超短編(ショートショート)。
何について書かれているかは以下。
構成・内容について
全体は連載10回分の全10章で構成。各章の中には、小説のような、エッセイのような、言論のような、10話以上の短編が納められている。
通しての流れは、だいたい以下のようになっている。
- モーリィとクーリッキの会話
- 編集者のクーリッキが、原稿を受け取るために、作家のモーリィを訪ねてくる
- モーリィ=森先生?、クーリッキ=編集者の女性「くりき」さん?
- 冒頭が関連する短編になっていたりもする
- ショートショート
- 小話・薀蓄・冗談・駄洒落・言論・考察・パロディ・詩、etc…
- 著者の日々の生活を綴った風の語り
- 重要なのは「風」の部分。実際どうなのかは分からない(言及されない)。
- 各章はこの語りで〆られる
「会話劇」+「フリーダムなショートショート」+「日記」などが組み合わされている。
そして、タイトルにもあるように「実験的」な要素をかなり含んでいるようだった。従来の小説・エッセイなどにありがちな様式に縛られない、自由というか、新境地を切り開くための冒険的な試み、規範への挑戦!
各短編の内容は、創作全般に関する考察、世相への指摘などなど。それらを、叙述・メタ・パロディ(セルフパロディも)・etc…、を用いてルール無用で書いている。
作中では、それら色々な表現が組み合わされていることを「パッチワーク」と表現していた。本作をよく表していると思う。
どのくらいフリーダムに書かれているかというと、
あの、これは、誰が話しているのですか?
「クーリッキは言った」
僕は知りません。神の手がしゃべっているのではないでしょうか。地の文というのは、神がしゃべっているとも解釈できるわけですから。
「作家は、こともなげに言ってのける。こともなげというのは、余裕綽々という意味だが、余裕綽々という字が掛けなかったのである。このことから、これがワープロで書かれたものではない、ということが推察できる。しかし、その推理は誤りで、単にこともなげを使いたかっただけのことだ」
あ、先生、駄目ですよぉ。また裏返っているじゃないですか。出典:森博嗣|実験的経験|Chapter1|講談社|
上記引用は、Chapter1・3節目でモーリィとクーリッキがやりとりする場面の冒頭。
括弧を付ける部分が逆転してますよね。これは、慣例では登場人物の発言に付ける括弧(「」)を、地の文は”神(視点の存在)”が喋っているとも解釈できるのだから、こっちに括弧を付けちゃってもいいじゃない!って事。
こういった、表現の常識に囚われない型破りな試みが、作品全体・章の中・文章の中などに散りばめられている。
「クリーム」シリーズのエッセイ的な要素、「森の日々」シリーズのブログっぽい感じ、「新書」シリーズみたいな言論、そして、森先生っぽいユーモアなど、何でもありな感じで、読んでて楽しかったです。
風変わりな表現は『アルジャーノンに花束を』を連想しました。チャーリーの知能が変化していく様を、文章の書き方で表現するあの奇抜なスタイル。
ざっくり方向性
おもしろさ (知的/興味深い) | |
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たのしさ (直感/娯楽性) | |
あかるさ (テーマ/雰囲気) | |
よみやすさ (文体/言葉選び) | |
よみごたえ (文量/情報量) |
凝り固まった考えをちょっと柔らかくしてくれるような面白さ、連発されるジョークで楽しさも上々だった。
論理的に考えるとおかしな事を整然と説明してバッサリ斬り捨てるあたりは、いつもの森エッセイを読んでいるようですごく爽快!
総合的な雰囲気は「陽気」だと思う。連載・出版の時期もあってか、2011年の東日本大震災に関連するネタも含まれているのだけど、特に重苦しい感じはなかった。
読みやすさに関しては、1~2章あたりはちょっと戸惑うこともあるかもしれない。特に、1章は文章を書くときの慣例である括弧など記号の使い方を変えてみる試みがあるので酔ってしまう。
論理的にズバズバ語られるので、感情の人には毒々しいところがあるかもしれません。理屈の人なら楽しめるでしょう。
まとめ
読み始めは少し戸惑いましたが(文法をぶっ壊そうとしたりするし!)、1章2章と読み進めて少し慣れると、こういうのも良いもんだなと思えてきました。
一般的な従来の型にはまらない自由な書き方だけど、最低限の掴みどころはちゃんと用意してくれていました。その旨については、最終章の最後の部分でも語られていて感慨深かったです。創作への真摯な姿勢。
全編さんざん好き勝手にふざけ倒していたのに、〆の短文を読むと何か良いものを読んだような気になりましたが、上手いこと丸め込まれちゃったような気もします。作中で言われているように、これも良い意味での”肩透かし”なのかもしれません 😉
森先生のエッセイ・ブログ・言論系の本が好きなら、楽しめる確率の方に分があると思います。「森博嗣」未読の人は、この本から入ってみるのも意外と面白いかも!?