島田荘司の長編推理小説『斜め屋敷の犯罪』の読書感想・紹介・レビュー記事です。
人里離れた極寒の地に斜めに傾けて作られた奇妙な館。そこで起きる密室殺人事件に探偵・御手洗潔が挑むシリーズ第二弾。
基本情報
- タイトル:改訂完全版 斜め屋敷の犯罪
- 著者:島田荘司
- 出版社:講談社
- 初版発行年:1982年
- 改訂完全版:2008年
- ページ数:480(文庫版)
- 価格:616円(Kindle版)
- キーワード:ミステリー、推理小説、探偵小説
どんな本?
『斜め屋敷の犯罪』は、初版が1982年に出版された島田荘司の長編推理小説。
その初版に加筆・修正を加えた改訂版が、2008年に出版された『改訂完全版 斜め屋敷の犯罪』。
同著者のデビュー作『占星術殺人事件』の探偵「御手洗潔(みたらい きよし)」が登場する、御手洗シリーズの2作目となっている。
あらすじ
昭和58年のクリスマス、屋敷の主が客を呼び寄せて催したパーティーの翌日に、招待客の一人が密室となった館の部屋で死体となって発見される。
通報を受けて駆けつける警察。しかし、捜査を進めている真っ最中にまたしても館の中で事件が発生する。4名の警察官が滞在する警戒態勢の中で起きたこの事件は、第一の事件と同じように密室と化した部屋の中で招待客の一人が犠牲となっているものだった。
実行不可能とも思える犯行を目の当たりにし、犯人の目星さえつけられない地元警察の担当刑事たちは、東京本庁の刑事に捜査協力を依頼する。
地元警察の面子を保ちつつ、捜査に協力するために東京から送り込まれたのは、迷宮入り事件を解決した実績を持ち、本庁刑事との繋がりを持つ男…、探偵・御手洗潔だった!
舞台は人里離れた極寒の地にある館で、「斜めに傾いている」+「ピサの斜塔みたいな塔も併設されている」という奇天烈なもの。
ミステリー作品の舞台としてはサービス満点なものになっています。こういうの大好物(≧∇≦)/
ざっくり方向性
おもしろさ (知的/興味深い) | |
たのしさ (直感/娯楽性) | |
あかるさ (テーマ/雰囲気) | |
よみやすさ (文体/言葉選び) | |
よみごたえ (文量/情報量) |
全体的な「おもしろさ」は、謎解きの部分でトリックにいささか不満があったので、可もなく不可もなく★3という印象。ミステリーとしての娯楽成分は強いので楽しみやすいと思う。
作品全体の雰囲気(あかるさ)は、意外とコミカルな面もあったりして、特におどろおどろしいものではなかった。バランス良し。
物語の進行は時系列に沿っていて無駄が少なく、「事件→捜査→推理→事件→捜査→推理」とテンポよく進むので読みやすい。途中で余談が膨らんだりもしないので、事件の推理に集中しやすい。
シリーズ物の作品だが、ストーリー的に前作との強い繋がりはないので単品作品としても問題なく読める。
前作「占星術殺人事件」と同じように、本作でも著者から読者への挑戦状が突きつけられます!
解決編に入る前までの記述で、犯人当て・トリック解明ができる要素が全て提示されているというものです。
少し突っ込んだ内容
ハウダニットで考える
「著者VS読者」において、本作は犯行トリックの方法を考える「Howdunit(ハウダニット)」で推理するのが肝になる。
動機やアリバイなどの可能性から犯人を解明する「Whodunit(フーダニット)」の方向から事件を解くのはまず無理な構造。
最大のヒントは、舞台「斜め屋敷」そのもの。
「島田荘司選 ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」のサイト記事に掲載されている「斜め屋敷(流氷館)」の模型画像がトリックを推理するときの参考になると思う。
作中にも図は用意されているのですけど、模型の3Dだともうちょっと想像しやすくなると思います。画像のサイズは小さいですけど…。
ネタバレ感想
謎解き失敗
犯行トリックを看破できず、犯人も分からず、完全敗北(;´д`)トホホ…
浜本幸三郎が、2つ目の事件で菊岡の遺体に不自然に菖蒲の花瓶をぶちまけた事から、水を掛けることで「何かごまかせる事があるのか?」くらいまでしか考えられなかった。
希薄な納得感
アイデアは面白いけど、これはありなの!?
本格推理小説としての核心部分である「トリック」「どんでん返し」についてはいまいちだった。謎が明かされたときの「なるほど!」的な納得感が弱い。
トリックのディティール・実現性がどうも甘いような気がしてならない。登山ナイフと組み合わせて作られた凶器である”つらら”の工作・威力・滑走の精度については、探偵も犯人もこれといった具体的な解説をしてくれない。
厳密に整形したわけでもないつららは、一撃必殺に十分な速度で狙ったところに滑らせることができるくらいの精度・強度を本当にもっているのだろうか?あの条件でその能力を発揮できるのだろうか?
建物の傾きをV字型の溝のように利用して制御するという大雑把な説明こそあったが、具体的な重さ・角度・距離・速度など科学的・技術的な考察は伴わないので釈然としない。
エンタメとしては面白い
本作のトリックは、硬めの理屈っぽい考え方だと納得いかないのだけど、ちょいと考えを緩めてエンターテイメントとして見ると(ちょっと無理のある設定も”お約束”として許容する)、逆に面白いとも思った。
建物全体が傾いたヘンテコリンな館で密室殺人事件が起きるというのは、ミステリーとしては”ど真ん中”。「これぞミステリーの醍醐味!」といった風情の舞台だ。何が起きるのかとドキドキ・ワクワクさせられる。
舞台装置である「斜め屋敷」が「斜めに傾いている事」が、単なるフレーバーではなくトリックの味噌になっている点も、そういう解釈でならポイントが高い。トリックのための舞台、トリックのための物語!
フィクションを読む際の「どこまでを許容できる嘘とするか」という心持ちによるのかもしれない。もうちょっと著者の遊び心を楽しむ体で読むと違ったのかな。古典作品を読むときと似たようなスタンスでも良かったか。
まとめ
前作『占星術殺人事件』が面白かったので期待していた御手洗シリーズ2作目『斜め屋敷の犯罪』ですが、なんでしょうね…、総合的には”ぼちぼち”といった印象でした。
論理的思考で犯人当て・トリック看破を目指す本格推理小説としてはいまひとつ、広義のミステリー側寄りの推理小説としての娯楽性は高い、といったところでしょうか。好みによって評価がはっきり分かれそうな作品でした。
推理小説好きなら読んで損はない作品だと思いますが、肩の力を抜いて読んだほうが楽しめると思います。